帰還したのは、翌日の夕暮れだった。里の境界、その門に差し掛かると、隊列に気づいた人々は隣近所に声を掛け合いあっと言う間に道端には人垣ができた。視線を浴び本部に到着すれば、隊員の家族が多く待ち構えていた。
娘息子、配偶者が今回の遠征に加わっている家族らは、心配で仕方なかったことだろう。不安な様子で続々と目を凝らしている。出迎えに喜び、駆け寄る者も大勢いるが、旭陽は戸板に横たわった幾人かの亡骸の側で佇んでいた。
タケイクサを討伐した後、那木は献身的に負傷者を介抱したが救えなかった者が居たのである。旭陽の隣で那木はぽろぽろと涙をこぼしていた。過去の記憶を乗り越えようとした矢先、再び己が処置した患者がこの世を去った。その事実に旭陽はどう声を掛けて良いのか分からず、ただ那木さんは精一杯の手を尽くした事だけだとの意を込め寄り添うことしか出来なかった。
身元確認の為、本部の職員が幾人か遺族を連れてきた。顔にかけられた布をそっと捲れば、途端に初老の女性は膝から崩れ落ち嗚咽した。また一人、今度は若い女性が遺体の側へと連れられて来られる。彼女はまさか冗談でしょとでも言いたげに半信半疑で自らその布を摘んだ。
その下に眠るように横たわるのは、彼女と出立前に抱擁を交わしていた若い男性モノノフ、ふた手に別れましょうと旭陽たちに進言した隊員だった。二日前に言葉を交わした事がまるで嘘のように今は沈黙している。変わり果てた姿に彼女は、涙するよりも先ず先に怒りが襲ったらしかった。目を吊り上げ、物言わぬ亡骸に罵声を浴びせる。なんで、どうして。何とか言ってよ…帰ってきたら甘味処行こうって約束したじゃない…。言葉尻に覇気がなくなった時、とうとうわっと泣き出した。付き添っていた職員も落ち着かせるべく体を支えているが、彼女は腕を振りほどくと、柱に一人寄りかかっていた息吹へ一目散に詰め寄った。息吹は腕を組み、ただじっと凄まじい剣幕で尻滅裂にまくし立てる彼女を真正面から見つめ返していた。
「あなた、彼を率いてたんじゃないの!なんで彼だけあんな目に合わなきゃならないの!どうして…!どうして…助けられなかったの…」
彼女はまた嗚咽し、その場に踞ってしまった。息吹は半身になり顔を逸らすと「すまない…」そうぽつりと呟き背を向けた。誰とも目を合わせずに入口から出て行った。旭陽の隣では那木がその後姿を心配そうに見送っていた。
「那木さん…?」
「あ、いいえ、申し訳ございません。息吹様が心配で…」
「やっぱり責任感じちゃいます…よね」
「それもあるのですが…」
那木のすっきりしない文言に旭陽の頭上には疑問符が浮かんだが、旭陽はその時、気のせいだとばかり思っていた。
・
結局、発作に効く「キツネソウ」探索の第一陣は失敗に終わった。望みの薄い出立だったとはいえ、見つからぬままの帰還はより一層疲労が増したように思える。重苦しい空気の中、隊員たちは帰還の庶務を粛々と終えた。
その晩、霊山から帰っていた大和から、主要なモノノフたちは招集が掛けられた。皆が任務の報告を終えると、大和は犠牲者が出たことを酷く心苦しい様子で受け止めていた。暫し考え込み間を要した後、大和は早急に第二陣の手はずを整えると告げた。橘花の様態がこれ以上悪化すれば、里の結界は脆くなり更に民は危機に直面する。鬼が増えつつある今、巫女とモノノフのどちら共にも気力を振り絞って貰わねばならぬ状況だ。大和は命を落とした者の為にも今一度頼む…と皆に頼み解散となった。
那木たちがおやすみなさいと本部を出て行く中、速鳥だけが大和を飛び止めた。
「お頭、頼まれていたタケイクサの角です」
「よくやってくれた。助かったぞ」
速鳥が取り出したのは桐の箱だ。蓋を開けると何かの欠片のような物が入っていた。遠目に見ていた旭陽に速鳥は気づくと箱を少々掲げてみせる。怖いもの見たさで旭陽は寄っていった。
この角の用途は残留思念とやらを覗き鬼の指揮官の場所を突き止める手がかりになるらしい。モノには必ず何らかの思念が残っているのだそうで、神垣の巫女はその思念を読み取ることができるのだそうだ。だが旭陽はイマイチぴんとこなかった。
人間離れしたその術は千里眼と呼ばれ、古くから神垣の巫女は使うことができるのだという。感覚で言えば巫女の霊力で鬼の思考に潜り込み、その目に写す画を転写するようにして読みとるのだ。ただ千里眼を使うにはかなりの体力を消耗するので、橘花が思念に触れるのは当分後になりそうである。
速鳥に礼を言った大和は、霊山から貰った様々な資料の内容を木綿に説明し始めた。
旭陽も自宅に戻り、体を休めようと思ったが、どうも神経が高ぶって今夜は眠れそうにない。暫く弓をきちんと点検していなかったので、武具の手入れをすることにした。ふと視線を感じ顔を上げると木綿と会話をしていた大和と目が合った。
「旭陽、まだ居たのか。もう帰ってもいいんだぞ」
「あ、はい!弦が切れそうだったので、手入れを。すぐ終わります!」
「旭陽にも、すまなかった。お前にはあまり仲間の死を目のあたりにさせたくは無かったが…」
「お頭が謝ることじゃ…。私達ももう少し早く、駆けつけていたらと…」
「責任を感じることはない。それは俺の役目だ」
大和からそう言われるものの旭陽は改めて認識したのだ。今日人々の怒りや悲しみは、鬼によってつくり出されたものが大きいということ。例えば老いて大往生した末であれば、人の一生として受け入れられる死もあるだろう。しかし先のある若いモノノフの命が奪われることは家族にとってはやり切れない。しこりのように残る感情はただただ人の無力を突き付けられたに過ぎなかった。
旭陽がこれまで経験した二十年のうちに立ちはだかったモノは、乗り越える見通しもあり確実に不可能な障壁では無かった。だがこの世のモノノフたちは終わりの見えない高々と聳え立つ絶望に挑んでいく。鬼に左右される世を食い止めるために鬼に挑む。それによって上に立つモノノフは息吹のように民に詰め寄られることもあるのだ。なんとも歯がゆい思いがした。
本部での息吹を察するに、隊を率いた責任を感じ悔やんでいるのは明らかだった。今頃家に帰り弔い酒でも煽っているのだろうか…。こうして息吹や那木のことを心配しつつも、今回の隊員の死をどこか他人事の様に思ってしまうことにもまた旭陽は嫌悪した。弦の修繕に手を動かし続けることしか出来なかった。
それから数日のうちに次の「キツネソウ」探索の日程が決まった。第二陣の遠征部隊に旭陽と息吹の名前は無く、今回は那木、富嶽、桜花が隊を率いる。桜花は生真面目な性格から、前回の遠征を受け自ら名乗り出たらしい。橘花の看病には桜花に代わって初穂が付いている。
里の警護は息吹、速鳥、旭陽が中心となっていつも通りに行うこととなった。遠征部隊を朝もやに見送った三人は、無事の帰還を祈り職務に励んだ。
旭陽は、木綿が備品の整理を手伝って欲しいと言うので、三交代の見回りを終えた後本部へやってきた。今日は昼から速鳥、深夜帯は息吹が見回りとなっている。本部へ到着すると、早速木綿が出迎えた。
「旭陽さん。すみません。手伝ってもらっちゃって」
「お気になさらず!これ今から数えます?」
「はい、お願いします」
積み上がった木箱に入っているのは、鬼を仕留める為に使う縄や弾薬だ。在庫を確認し、たまに霊山から物資補給にやってくる役人に補充を掛けあう。旭陽が個数を確認し、木綿は帳簿に印や数字を几帳面に書き込んでいった。
いつも本部の一角には秋水が常駐しているが、今日は珍しく不在だ。木綿に尋ねると、大和と込み入った話をしているらしい。旭陽が随分怪訝そうな顔をしていたので木綿が答えた。
「なんでも霊山の部隊?に動きがあったとかで…、詳しくはわからないんですけど、一月か二月のうちにウタカタに参られるそうです」
「へー。そうなんですか、その方たちもモノノフ?なんですか?」
「ええ。お頭からはまた改めて皆さんにお話があると思いますよ」
鬼ノ府組織の中枢と言われる霊山から、部隊が派遣される事は滅多に無いそうだ。木綿曰く、ウタカタは中つ国でも端の方に位置するので、応援に来てくれるのではないかと言う。ウタカタは頻繁に鬼の目撃情報があり、その度に里から現地に赴く為、里内の守りはいつも人手不足だ。部隊派遣の話が事実であるならこの上なく心強い味方だ。霊山からなら手練の隊員も多いだろう。人手不足は解消されるかもしれない。
その後も霊山の話や他里の話を聞き、旭陽たちは備品の整理を続けた。
夜の帳が落ち始めた頃、二人は十数あった木箱の整理をようやく終えた。ぱたりと帳簿を閉じた木綿は旭陽に礼を言う。一仕事終え、二人とも空腹だった。旭陽の腹がぐうと鳴り、木綿と笑っていると丁度速鳥が見回りの任務から戻ってきた。次の交代は息吹だ。だが、普段なら時間前に本部に待機している彼だが、今晩はまだ姿を見ていない。木綿は少し心配そうな顔をしていた。
「息吹さんいつもなら時間前に受付にいらっしゃって雑談されてますけど…今日ちょっと遅いですね。どうされたんでしょうか?」
たまには遅れることもあるだろうと速鳥は言い、申し送りもせねばならないので待っていたが、四半刻近くを要しても息吹は現れなかった。流石に夜間の見回りに穴を空ける事はできない。木綿は代わりに出られそうな隊員に連絡を取り、息吹の代わりに巡回の任についてもらった。
しかし、息吹はどこで何をしているのだろうか。今まで職務放棄など一度もやったことが無い彼だ。息吹の身に何か起こったのではないかと旭陽は胸騒ぎがした。
「旭陽殿、済まぬが息吹殿を探しに参ろう。任務を放るなど決してあってはならない」
「そうですよね…。息吹さんが仕事ほっぽり出すなんてちょっと考えられないです。他の隊員の方にも探すのお手伝いお願いしますか?」
「まずは状況を判断せねば…、あまり大事にすれば里内にすぐ噂が広まってしまう。鬼の情報に一番近しい我々や息吹殿ほどのモノノフが居なくなるということは里の者を不安にさせかねない。ついては木綿殿、貴殿はお頭にこの事をご報告願いたい」
「わかりました…」
そうして速鳥と旭陽は、手分けして息吹を探し始めた。
息吹の行きそうな場所を思い浮かべると、大抵が食事処、飲み屋、若い女給の居る甘味処…くらいしか思いつかない。旭陽は飲食店の連なる通りを一件一件覗いて回った。店主らにも「今晩、息吹は来ていないか」と聞いて回った。ところが、どの店も誰ひとりとして今日は息吹を見ていないと言う。通りの端にある最後の飲食店の戸を閉め、旭陽はため息をついた。見上げた空は薄曇りが掛かっているのか星の瞬きは儚く威勢がない。
「息吹さん…いったいどこいっちゃってんの…」
湿気を含んだ重たい風が頬をかすめ、土の匂いが際立っていた。じきに雨になるのかもしれない。何の報せも無しに所在が分からず焦りは募るばかりだ。何か良い手は無いものか…。地団駄を踏んでいると、ふいに「主殿」と空から声が降ってきた。那須与一だった。
「与一さん…!ミタマ同士って会話出来るって言ってましたよね。息吹さんにもミタマ宿ってるんですよね。ミタマに息吹さんの居場所聞いてもらうことはできませんか?」
那須与一と共にううん、と唸る声が響いた。安倍晴明だ。二人共歯切れの悪い返事だ。
「ことの成り行きは一部始終眺めていた。先ほどからそのモノノフ、息吹とやらのミタマに話しかけているがうんともすんとも返事は無い」
「そうですか…」
「御仁のミタマはどうも主にご執心の様子ですね。五行の気からも感じられます」
「ご、ご執心…ですか」
「彼のミタマは女性のミタマですよ主殿、しかしようく出来たミタマです。主を守ろうとしている」
「感心している場合じゃ…、あっ、そうだ!天狐!天狐ですよ!」
那須与一と安倍晴明は旭陽の言葉に首を傾げていたが、旭陽は構わず自宅へ駆けた。到着するなりガラリと玄関を開け、部屋を見渡し同居人を探した。天狐は寝台の上で丸まっていた。起こすのは忍びなかったが、隣に腰掛けると頭をそっと撫でた。
「天狐ー。お願いがあるんだよ。ちょっとだけ起きて下さいお願い」
片目を開け、ちらりと旭陽を一瞥するとうんと四足を伸ばし大きなあくびをした。賢い天狐は、旭陽に何かあった様子を察したのか何用かと行儀よく前足を揃えキュイと鳴いた。
「天狐、この間、家に泊まった人覚えてる?金髪の男の人」
天狐は再びキュイーと鳴き、是の意味なのか前足をたぐり寄せるように上下させた。
「その人の匂いまだ覚えてる?一緒に探すの手伝って欲しいの」
天狐はよしきた任せろといった具合で寝台からふわりと飛び降りると、二股のしっぽをピンと立ててついて来いとでも言うように玄関から出て行った。頭の中では那須与一と安倍晴明がこの手があったかと感心しつつ、旭陽は動物的勘が働くなどと言って笑っていた。
玄関を出た直後から空はごろごろと雷鳴を孕み、益々重たい空気がまとわり付く様になっていた。天狐は地面に鼻を近づけくんくんと匂いを嗅ぎ、てくてくと二三歩歩く。すると直ぐに左折しそのまま直進し始めた。真っすぐ行けば行き止まり、石の隧道へと続いている。くぐれば橙色の実がなる大木と、赤い小さな社のある開けた場所である。息吹はあの社に居るのだろうか。半信半疑ながらも付いて行った。ぽつりと頬に雨粒が落ち始めた。
隧道をくぐると、以前来た時より一層雑草は青々と茂り背高く伸びていた。しかしそこに息吹の姿はない。天狐はどこにいったのだろうと暗がりに目を凝らすと、雑草の先端がゆらゆらと帯を描くように移動し、大木の後ろ側へ向かっていた。天狐が通っているのだ。旭陽は胸ほどまである葉を掻き分け夜露に濡れながら、そっと後を付いて行った。
人の気配があるのがなんとなく分かる。大木を背に寄りかかり、腰を降ろしている。足は片方投げ出され、もう片方は膝を立てていた。寝ているのか息吹は俯いてた。旭陽はほっと息を吐いた。
「ちょっとお…息吹さん。こんな所で何やってんですか。心配しましたよ」
ううと唸った息吹は顔を上げた。暗くてよく分からないのか、明後日の方向を眺め暫し動きが止まった後「ああ!旭陽ちゃんっ!」と陽気な声を出し手を掲げた。旭陽も木綿も速鳥も、大層心配していたというのに本人は随分と良い御身分である。
息吹の傍らには殆ど空になった一升瓶と、茶碗大の盃が転がっていた。風は酒気を舞い上げ辺りは酒臭い。旭陽は思わず手のひらで口元を覆った。
「もしかして、こんなに飲んじゃったんですか。通りで…酒臭いと思いました。完全に酔っぱらいじゃないですか」
「ないない!酔っ払ってないっ!」
呆れてため息をついた。兎に角、無事に見つかっただけでも一安心である。旭陽は、手伝ってくれた天狐の頭を何度も撫でると、懐から懐紙を取り出し息吹を見つけた旨を書いた。それを天狐の首に括りつけ、木綿へ届けて貰うことにした。
「天狐、もう一仕事よろしくお願いします」
「キュイ」
得意げなしっぽを見送った旭陽は、項垂れる息吹の正面にしゃがみこんだ。泥酔するまで酒を浴びる理由は、なんとなく分かる。隊員から犠牲者が出てしまった事しか考えられない。自棄になってしまうのも分からなくはないが、だからと言って、職務放棄は問題外だ。穴を埋めるために木綿が骨を折ってくれたし、速鳥も帰還早々人探しをしている。
「息吹さん、しっかりして下さい。ご自宅まで送りますから。立てますか?」
「俺はここで野ざらしでいい…」
「何言ってるんですか。風邪ひきますよ」
旭陽は、息吹を立ち上がらせようと二の腕を掴んだ。ところが逆に手首を掴み返された。酔っていても男性の力は異様に強い。
「息吹さん、い、痛いですって!」
「旭陽ちゃんさ…俺がしんじまったら、泣いてくれるか?」
「と、当然じゃないですか!てか、いきなり何おっしゃって…わ!」
旭陽は手首を掴まれたままぐいと引き寄せられ体がよろけた。先ほどとは逆で、今度は旭陽の背中に大木がある。息吹はねじりあげるように手首を握り、旭陽を覗きこんだ。自信家で自称伊達男を名乗る息吹の、こんな苦しそうな顔を見るのは初めてだった。相当に隊員の事を悔やんでいるのだろうか…。だが那木も医療班も最善を尽くし、亡くなった隊員たちもまた己が責務を果たした結果である。息吹をはじめ、他の誰一人を責めることはできない。むしろ全ての元凶は鬼だ。
木に擦れた手首の痛みに耐えつつ、旭陽は声を振り絞った。
「息吹さん、確かに今回犠牲者が出てしまったのは私も無念で仕方ありません。でも、だからといって息吹さん一人のせいだなんて誰も思ってませんよ…」
「俺のせいだよ…俺はあの鬼を知ってた。八年前、対峙したことがあった。俺は、同じ過ちを一度ならず…二度までも…!やっちまったんだっ…」
「同じ過ちってなんなんですか…。例え同じ鬼を知っていても、対処できない場合も過分にあるじゃないですか!…っ、息吹さん、兎に角落ち着いて下さい!」
旭陽はじたばたと足を動かすも、跨った息吹にはちっとも効いていない。酔っ払い、気が動転しているのか全く正気を失っていた。先程まで朗らかだった声は怒気を孕みかと思えば低くなる。
今度は囁くように旭陽の耳元に顔を寄せた。
「旭陽ちゃんは優しいからさ…。ぽっかり空いた穴、埋めてくれんだろ…」
「これっぽちも、理解できないのですが…!息吹さん本当どうしちゃったんですか。いやっ、お願いです目を覚ましてください!息吹さんっ!」
そう旭陽が叫んだ時、ふいに息吹の動きがぴたりと止まった。全身の力が抜けたようになり、くたりと旭陽の方へ雪崩れてくる。まるで事切れたようになり、頬を叩いたり、呼びかけたりして慌てていると、いつの間にか旭陽の傍らには速鳥が居た。
走って来たのか、帽子と額の境には汗が伝っている。何が起こったのか混乱している旭陽は、速鳥と息吹を交互に見遣った。速鳥は、旭陽になだれ込んだ意識のない息吹の腕を取り、自身の肩に回すとそのまま大木に預けた。
「息吹殿、少々手荒な真似をした。申し訳ない」
「は、やとり…さん…?あの、これは…」
「気を失っているだけだ」
息吹は急に苦しそうな表情になったかと思えば、怒気を露わにしたりと、何故感情の振幅のまま乱暴を働こうとしたのか何一つ理解できなかった。旭陽もようやく地に足ついた心地だったが、なかなかどうして体が震えていた。
速鳥は、旭陽の目線までかがむと手首の傷を認め、目を細めた。
「他のモノノフにも伝えてきた。到着し次第、本部に参ろう」
その速鳥の言葉通り、すぐに本部から他の隊員が数名駆けつけ、息吹を医務室へと運んでいった。去り際、医療隊の一人が旭陽の手首を見て言った。
「旭陽さん、あなたも手当致しましょうか」
「旭陽殿の傷は、自分が診よう」
「わかりました」
気づけば雨はしとしとと降り始めている。隊員らを先に見送り、旭陽と速鳥も社を離れることにした。
「旭陽殿、立ち上がれるか」
「はい、大丈夫です…。それにしても、息吹さんまるで別人みたいでした…。今回の遠征で息吹さんは、その…“過ち”を繰り返したって言ってたんです…。でも私には何も間違ったことしてないと思うのですが…。速鳥さんは、どう思われますか…」
「そのことならば、自分が知りうる限りを話そう」
本部に着き、旭陽の手当をしながら速鳥が話し始めたのは、伊達男の昔歳だった。