03

 モノノフ本部、マホロバ丘陵地入口 ──
 標高のある斜面を下りまっすぐ西側へ行くと本部の監視小屋があり、南側にはサキモリ砦、すぐ北側にはクロガネ鉱山が近い。鬼の活動が鈍くなったことで、近頃は鉱夫が戻り、マホロバ内では鉄鉱石を買い求める問屋が多く見られるようになった。
 里に人の出入りが多くなっている為に、本部待機のモノノフたちは紅月の命で交代で警備に当たっていた。今日は椋が担当している。門の脇に椅子を置き腰掛け、ただただ人の出入りを眺めるのが仕事だ。
 刀也、神無、焔の一行は今頃マホロバ街道付近を巡回中だろう。商人藤兵衛が襲われた現場から賊の手がかりを探している。しかし、椋の隣にはもう二人のモノノフが“暇だから”という理由で共に椅子を並べ、行き交う人々を眺めていた。軍師付き武官の相馬と初穂だ。

「しかし、鬼の活動が小康状態とは言え、マホロバは以前にも増して人の出入りが多過ぎやしないか?いや、決して他意は無いぞ。実に活気があるという意味で、だ」
「本当よね。ウタカタも割りと多いと思ってたけど、行商人がひっきりなしだわ。何だかお祭りでもあるみたいで、ちょっとわくわくしちゃうけど」

 二人は、お頭詮議の見届人として、霊山より派遣された軍師九葉の護衛だ。
 先の内乱では混乱鎮圧の為に粉骨砕身してくれ、またトキワノオロチを開放せんと私益の為に禁軍を動かし、あまつさえ里を乗っ取った軍師識の討伐に於いても、多大な協力をしてくれたモノノフである。

 相馬は、オオマガドキにて紅月と戦線を共にし、彼女と同じくイツクサの英雄と呼ばれている一人だ。
 マホロバにやってきた当初、里の女性たちはその雄姿をひと目見ようと宿舎周辺にたむろしているのを度々目にしていた。だが相馬は彼女たちを無碍にせず、職務の合間を縫っては快く話し相手になっていた。自称するだけあり英雄譚には事欠かないのだ。
 また相馬は実に人の心を掴み打ち解けるのが上手かった。歳が同じだという刀也を、職務が終わればしばしば飲みに誘ったり、サムライ部隊の隊員と手合わせしているのをよく見かけた。余りよそ者を寄せ付けず気難しいサムライ隊長とも親しくなれるのは彼の人柄の表れなのだろう。今では隊長同士、同年同士、日頃のあれこれを語り合う仲であるらしい。屈強と謳われる百鬼隊を統べるだけはある。

 一方の初穂には椋は親近感があった。
 椋は十年前のオオマガドキからこのマホロバにやってきたのは周知の事だが、上には上が居るというものだ。なんと初穂は幼少の頃神隠しに遭い、四十年もの歳月を越え再び故郷に戻ったという曰く付きの少女だった。
 故郷に帰れば、そこは最早ふるさとと呼ぶには程遠く、見知ったもの全てが変わり果てた里だった。年端もいかぬ少女を誰も覚えて居ないふるさと。混乱と孤独の中、彼女は唯一自分を知り得るすっかり年を食った近所のガキ大将に助けを求め、今日までモノノフとして暮らして来たのだ。「色々あったけど今はウタカタに友達も仲間もたくさんできたし、とっても楽しいわ」と人の流れを追いながら初穂は話してくれた。
 東にあるウタカタの里では、今回のマホロバ同様数年前にかなりの厄災に見舞われたそうだ。九葉や相馬とはその時に知り合ったらしい。
 彼の地には、その変事に大変功労した今世のムスヒの君と呼ばれるモノノフが居るのだそうだ。「何だか椋と同じ匂いがするのよね…」などと冗談を言った初穂はわざと鼻を近づける。彼女はとてもお茶目で人懐っこい。

 本来ならばお頭詮議も終わり霊山へ発つ予定だったが、軍師九葉は雑務が溜まっている様子で、報告書をまとめてから出立するとのことだ。この所は宿舎に篭りきりで事務仕事をこなしているらしい。二人は手伝いを申し出たが気が散ると門前払いされたという。故に、もう暫くは滞在するのだと言った。

 そうして日の暮れるまで二人と世間話をしつつ門に常駐していると、巡回を終えた刀也たちが帰還した。飲み仲間が帰還したとあって相馬は手を掲げる代わりに早くも酒を煽る仕草をして出迎えた。

「おお!部隊長のご帰還か」
「…貴様は相変わらず暇そうだな、相馬。軍師殿の元へ居らずともよいのか」
「失敬な。暇ではないぞ。これでも立派に職務をやっていた。九葉殿は俺が居ると煩くてかなわんと言ってな」

 はははと相馬は笑っている。

「それは、相馬が宿舎の入口でお姉さんたちとおしゃべりしてるからでしょっ!本当、職務怠慢よ!しょ・く・む・た・い・ま・ん!」
「初穂、それはいささか人聞きが悪いぞ。英雄譚を聞きたいと言うから、俺は話してやっているまでだ。皆も喜んでくれるのだから良いだろう」
「…もう、そういうことにしておいてあげるわよ」
「まあまあ、二人とも…」

 やいのやいのと話をしていると、神無がぼそっと「腹が減った」と呟いた。折角だからと相馬の音頭で久音の小料理屋へ出向くこととなった。刀也、相馬、神無、焔、初穂、椋、そして丁度受付の仕事を終えた椿を誘い、一行は本部を出た。

 月明かりは路面を淡く照らしている。濡れたように光る石畳を行き、椋は皆の一番後ろを歩いていた。前方を歩く面々の後ろ姿は以前では考えられなかった光景だ。椿は相変わらずの生真面目さを発揮し、神無に何時ぞやの報告書を早く出せと言っている。焔も度々サボったり記載内容がいい加減であるのだろう。字が汚い、漏れがある…等々、二人はお叱りを受けていた。

「まったく、あなたたちくらいよ、ちゃんと書類出さないの!いい加減、紅月から直々に言って貰った方がいいのかしら」
「「それは勘弁してくれ」」
「ならさっさと出すことね」

 頬に溜めた笑いを押し殺し、椋は皆と共に小料理屋の暖簾を潜った。
 しかし店に入るなり驚いた。いつも閑散としている久音の小料理屋は大繁盛だった。人が多くなれば自ずと飲食店にも客は多くなるのも分かるが、それにつけても最近雇ったらしい若い女給がてんてこ舞いで前掛けを翻し、呼び止められれば陽気にはいと返事をしてひっきりなしに注文を取っていた。賑やかな店内の雰囲気も各地から訪れた客でどこか異郷の匂いが漂う趣きすらある。
 酒の匂いと、何かの焼き物のタレの匂いは実に空腹を刺激した。喧騒の中でも神無の腹の音はぐるると殊更良く聞こえている。
 空いている座敷はあるかと刀也が女給に問う最中、焔は神無に呟いた。

「てめえは本当…野生児だな」
「煩い」

 すると、店の奥から久音が顔を見せた。額を拭った手ぬぐいを帯に挟むと、椋たちを見て「まあ!いらっしゃいませ!」と嬉しそうな声を上げた。
 生憎何処をどうみても満席状態だ。女給が久音にどうしましょうと困った顔をすると、久音は「奥へ案内して下さい」と告げた。

「皆様、お待たせして申し訳ございません。おかげさまでお客様が多く、長年使っていなかった奥の座敷まで開けてしまう程なのです。ささ、お早くご案内して」
「はい、久音様」

 実を言えば久音の本職は、小料理屋の女将ではない。彼女の職業は多くのモノノフとそのミタマの手助けをする巫女である。
 モノノフは英雄の魂であるミタマを体に宿し、彼らの力を借りて鬼を滅するという技を身に付けている。ミタマは戦友であり相棒だ。
 モノノフが己を鍛え技を磨くのと同じく、ミタマもまた宿る主とともに己を高める必要がある。その熟練を祈祷し、ミタマとの結びつきを願うのが久音の本業だ。この小料理屋は彼女が趣味で営んでいるのである。
 椋は人と話しをするのと同じくミタマと会話ができるが、モノノフよっては夢の中だけでしか会話ができなかったり、単語単語の言葉の欠片でやり取りをしたり── と、ミタマとの意思疎通にはモノノフ自身の能力により大変差がある。久音はそんなモノノフたちの媒介役でもあった。

 しかし、彼女の本職内容も然ることながら…、失礼ながら椋は、いや恐らくここに居る誰もが、この小料理屋の満席を今まで一度も経験したことは無かっただろう。
 自身の腕前や品書きに苦悩し、小料理屋はいつも閑古鳥が鳴いていた。椋は嘆く久音の悩みを聞いては、度々相談に乗っていた。必要とあれば食材や調理器具を探しに出かけ、研究熱心な彼女の力に少しでもなれたらと思っていたのだ。それがこうして大勢の客が楽しそうに酒を煽り食事をしている。彼女の長年の悲願であり、努力の賜物だ。目の当たりにした椋も自分のことのように嬉しかった。
 久音は、案内を女給に任せると再び忙しくも楽し気に調理場へと戻って行った。

 奥に座敷があるとは露知らずも案内されれば存外広く、真ん中の通路を挟んで両側に上がりがあり、縦長の座敷を二分にする衝立てがあった。女給はそれを移動させると、総勢七名が座れるよう机を合わせ、座布団を手際よく並べてくれた。
 隊長らは机の端に陣取り、椋の前には初穂、その隣に椿、そして神無と焔が向かい合って座った。腰を下ろしようやく食事にありつけると、一番に品書きに手を伸ばしたのは神無だった。

「何か肉的なものを食いたい…」

 本日のおすすめは“野槌の角煮丼”とある。同じく、壁に張られた品書きを眺めた初穂は「わ、私は野菜とかも、いいかなあ…あははは…」と慄いていた。相馬は女給に酒を注文すると「今夜は俺の驕りだ好きなだけ食え」と堂々と皆の前で言ってのけた。
 他人の金で食う肉は美味い。は、古今東西共通認識だ。神無と焔はこの機を逃すものかと勇み、片っ端から注文を始めている。暴走する二人を椿が諌めるのはいつものことである。
 注文した品が次々に運ばれ、相馬と刀也も酒が少しまわり始めた頃、椋の酌を受けていた相馬は急に神妙な顔つきになった。かと思うと、隊長二人に目配せをし、少し顔を寄せろと食指を動かした。

「紅月から詳しい話は聞いている。博士も大変だっただろう。何か手がかりは掴んでいるのか」

 相馬の話題は、例の盗難事件についてだ。椋は徳利を置き答えた。

「いいえ、実のところ犯人の目星もついていません…。監視強化で里内の外部の人間に目を光らせておく、くらいしか」
「博士は犯人の顔を見ていないのか?」
「そう聞いている。恐らく留守を狙われたんだろう」
「厄介だな…。現状策が最善策か。暫くは俺達もまだ逗留する。手が足りないならいつでも呼べ。そうだな、初穂」
「うん、まかせて!私もできるだけ協力するわ」
「恩に着る」
「ありがとうございます」
「何、遠慮はいらんさ。治安維持も霊山百鬼の務めだ。さ、貴様らももっと食って飲め!今宵は無礼講だ!」

 相馬は、徳利を掲げると刀也の猪口に波々と注いだ。酒豪だと聞いてはいたが、それに負けじと酌を返す刀也もまた大変な大酒飲みである。
 結局、椋たちの机の上には短時間で十数本の徳利が並び、一方神無たちの机にはいつの間に注文したのか料理の皿が何十枚も積み上がっていた。満足気に腹をさする神無と焔を見遣った椿は「本当、よく入るわね…。少し暗い遠慮したらどうなの」と呆れ顔で眺め、最後に一粒残った銀杏を竹串で刺し頬張っていた。
 相馬と刀也は隊長職が故の話題に盛り上がり、それぞれの隊の壮絶な歩みを話し称え合っている。熱のある話はもう暫くは続きそうだ。
 椋は話が盛り上がる中、厠へと席を立った。「お手洗いは廊下の突き当たりです」と女給に教えられ廊下を行った。夜も深くなりつつあると言うのに、店内の客もまだまだ賑やかに食事を楽しんでいる。
 椋も程よく酒が回ったのか気分が良かった。用を足し鼻歌交じりに座敷へ戻っていたが、ふいに廊下の壁を挟み聞こえた会話に歌の続きが頭から飛んでいた。
 どこかで聞いた事のあるような声が聞こえ、会話の端々には“綺麗な石”や“かけら”などという単語が混じっている。後ろめたさを感じながらも歩みは自然と止まっていた。壁の向こうの何某は、かなり興奮気味に話している。上ずったような声は次第にはっきりと大きく聞こえた。  そこで会話は途切れた。再び飲み食いに戻った様子だ。
 しかし、内容を整理してみるが、どう考えても客の話は遺跡についてのそれだ。
 世間で各地の遺跡はよく知られているが、それは外見から見る遺物としての存在である。翡翠色に光る石と白磁のような石を駆使し建造された太古の神秘が人々の興味を惹かぬ訳がない。中には冒険家や考古学者がこぞって周辺を調査し、遺跡に関する学術書にはカラクリ石の記載もある。
 客の話すように、鉄鉱石や金剛石同様、装飾品の材料として使えないかと試行錯誤する者は大勢居た。だがカラクリ石を加工する技術は現状無いに等しく、結局ただの綺麗な石で終わっている。

 博士曰く、マホロバに点在する遺跡には、ある一定の箇所に踏み込むと防衛機能が働くらしく、遺跡中枢を護るよう “カラクリ石の力に制御された鬼” が存在するのだそうだ。椋も何度か博士に頼まれ、調査目的で遺跡へ入ったことがあるが、侵入者を排除せんと襲い狂う鬼は異界が平穏に思えるほどだった。
 また、博士がこうした遺跡界隈に殊更詳しいのにはわけがある。
 長年の研究も勿論だが、遺跡が遺跡ではないまだ現役の建物として存在していた頃、博士はそこの住人だった。彼女もまた椋や初穂と同様、数万年前の時代から流れてきた彷徨者なのだ。
 故に、カラクリ石が鬼に対抗できる力であると確信を持ち、後ろ指をさされようとも今日までその力を研究し続けてきたのである。結果、鬼の手や通信手段の実装に成功し、先般の混乱を無事に治める事ができたのだ。
 しかし、こうしてカラクリ石はその美しさからも人々の間では魅力的に映る。一般の人では立ち入りが困難な遺跡に入るより、博士の自宅から盗む方が手っ取り早いことがよくわかった。犯人を特定するには容易ではなさそうだ。
 そうこうしていると、厠からの戻りが遅いのを心配し、椿が探しにやってきた。切羽詰まった様子で壁際に突っ立っていた椋の腕をおもむろに掴んだ。

「ちょっと椋!びっくりしたじゃない!あまりにも遅いから消えちゃったのかと思ったわ!…ていうか、どうしたの?ずっとここに突っ立ってたの?」
「う、ううん。ちょっと飲みすぎたかなと思って」
「もう…しっかりしてよね。隊長」
「あはは、ごめん」
「お会計済んだから、帰るわよ」

 皆既に席を離れ店の入口へ向かっていた。久音は再び厨房から出てくると嬉しそうに皆を見送った。椿の後ろを行く椋は、先程の壁一枚隔たった場所に座す客が気になり、出る間際ちらりとそちらを盗み見た。
 そこに座っていたのは、先日賊に襲われ、真鶴に手当をして貰っていた商人の藤兵衛だった。