第一章
20.あんたが隊長!

 古き戦国の世、下克上を極めた武将たちが群雄割拠をひた走ったであろうこの領域では、今やその栄華を誇った絢爛な城砦は見る影もない。中へ入ることもままならない朽ちた廃城は、瘴気と時の歪みに飲まれ一層不気味な様相を呈している。
 天守や櫓、屋敷であっただろう建物はまるで重さを失ったかのように天地真逆横転し、禍々しい曇天に吸い寄せられるように宙に浮いていた。濃い瘴気に触れたらしい庭園の大樹は、その幹にそぐわない太い根が地を突き破り、朽ちた城壁や柱へといびつにとぐろを巻いている。
 時と空間とが反転した不気味な空間に長く留まると、常人ならすぐに感覚が麻痺してくる。足元の不安定さに吐き気をもよおし、目を回して一気に気が狂うだろう。
 しかしその忍いやモノノフは、己が勘を働かせ廃墟を縫い、風のごとく荒れ地を駆けていた。
 先刻、ミフチの討伐を終えたばかりだったが、遠くから妙な獣の喚きが微かに聞こえたのである。胸騒ぎを覚え、万が一を考えれば放っては置けず不穏の根源を確かめる為に帰還の途から反転していた。崩落した石積みを飛び越え、倒木の枝葉をひょいと跨ぎ、瞬時に飛び出してきたガキやヌエも瞬く間に地へ伏せる。
 道中、既に何十体と穢れを祓ったが、遭遇したガキは一様に領域内のあらゆる瓦礫を携え、同じ方向を目指していた。不穏の渦に近づくほどその群れは黒々とひしめき、時折示し合わせたかのように瓦礫を誇らしく掲げる素振りが目に入る。
 オオマガドキ以来見たことのない、鬼の集団行動には益々不安を掻き立てられ、扇状に双刀を薙いだ速鳥は最後の一体をわざと貫かなかった。
 瓦礫をひっ掴み、導として生かされたガキは跳ねるように逃げ去る。逃避の濁った声が届く距離を保ち速鳥は再び地を蹴った。

 ── 鬼の指揮官の手がかりを調べて欲しい。だが決して深追いはするな。

 速鳥がそう大和から頼まれたのは、旭陽が来て間もない頃だった。
 小型鬼の活動が活発に成り、討伐隊が次々とカゼキリなどの大型鬼に奇襲を受け始めた頃である。その頃はまだ「“鬼”を統率する“鬼”が居るらしい…」くらいの、想像する原因はぼやけた輪郭のようで、不確定な推察がモノノフ隊員の間で噂されているだけだった。桜花や息吹たちの主要部隊も、増えた鬼を葬ることに注力せざるを得ない状況が続き、逐次動因を辿る余裕はなく、身軽で偵察を得意とする速鳥に白羽の矢が立ったのである。
 大和から直々に頼まれたからには、速鳥はなんとしてでも職務をまっとうしたかった。
 それが心身ボロボロだった幼い忍に手を差し伸べ、我が子同然の様に接してくれた大和の恩に報いることだと思ったからだ。とはいえ、大和は忍として速鳥の腕は認めてはいるものの、草としての扱いではなく同じモノノフとして速鳥を信頼してくれていた。恩義がどうとか己が主だとか、威張ったり恩着せがましい事を一切口にしたことは無く、まるで頓着もしない。それが一層、速鳥が献身的に応えたいと思う理由でもある。
 大和の命に、速鳥はこれまで大型鬼の出現場所から独自に探りを入れていた。下生えの潰れた箇所から足跡を辿ったり、魂を取られ命尽きた獣などの死骸に手がかりは無いかと「鬼の指揮官」とやらの手がかりを調べてきた。それが今回、ガキの異様な行動にようやく根源に近づいているのではないかと直感したのだ。故に無意識に気が急いていたのかもしれない。
 逃したガキの後を追うと開けた場所に出た。木を伝っていた速鳥は立ち止まり枝葉の影から静かに見下ろした。眼下にはガキの群れがひしめき、砂塵を巻き上げ進んでいるのが認められる。そして目の前の巨大な異形を視界に入れるなり、滲んでいた汗はすっと引き戦慄した。
 何百ものガキが目指す先には、雲を貫くほどの長大な塔が不気味にそびえ立っていたのである。
 割れた陶器、家屋の残骸等で構築されたそれは祭壇の様にも見受けられ、一体何の為に作られているのか露程も検討がつかない。ただ、禍々しい強い鬼の気配だけはぴりぴりと肌に感じた。
 ここら一帯は、鬼の巣と化していた。黒々とした中に一歩でも足を踏み入れば、たちまち己が魂とミタマを狙われてしまうだろう。しかし、此処まできたなら調べなければならない気がした。報告する事が課せられた義務だと、意を決し塔の内部を探るため黒々とした群れの中へ飛び込んだ。
 異なる気配に気づき、早速ガキが騒ぎ出す。速鳥は行く手を阻むものだけを相手取り、一直線に塔を目指した。ところが、あと十間ほどで辿り着く時、地響きと共に二体の大型鬼がぬっと現われたのである。
 一体は亀の姿に似た四足を持つ鬼、もう一体は蛇の様な尾を持ち、四本の腕を携えた鬼だった。二体とも見た事の無い新手である。後方からは、ガキの奇声が波打つように襲い来るのが分かった。
 戦い慣れているミフチの様な鬼なら、二体同時に相手をするなど朝飯前だが、流石に未知の鬼を一挙に相手取るには、目標を知らな過ぎる。一度退き、応援を呼ぶことが懸命だと判断した速鳥は、持ち前の身のこなしで襲い来る群れから離れた。しかし鬼たちは、瞬時に速鳥を敵視し、その背高い異形を守るかのようにして、濃い瘴気の結界を張ってしまったのだ。こうなれば、中に入ることはおろか、新手の大型鬼二体に手出しすることは出来ない。応援を呼んでも行動限界を直ぐに迎え討伐は困難を極めるだろう。その後、大型鬼は瘴気に隠れ姿が見えなくなってしまった。

 見たままを話し終えた速鳥は、口布の端を摘み引き上げだ。僅かに悔しさを孕む沈黙が本部内に漂っている。
 旭陽から急ぎ招集の掛かった面々は、その報告に苦い顔をしていた。ここに来て再び新手の大型鬼が出現した事は青天の霹靂以外のなにものでもない。恐らく一番頭を悩ませているのは大和だろう。腕を組み、隻眼で床を見つめお頭は眉を寄せていた。
 ウタカタの戦力は現在総動員の状態だ。昼夜問わず皆交代で里の警護にあたり、更には異界へ討伐任務に出ていく。隊員たちは決して弱音を吐く事は無いが、心身疲労が溜まっているのは間違いない。これ以上、常に緊張を張り詰めなければならない状況が続けば、余計に負担が掛かり戦力を削いでしまう。最早別働隊を編成する余剰戦力すら残っていない現実に口惜しさばかりがつのった。
 すると、黙っていた息吹が口を開いた。

「速鳥、どうして深追いした。遠目に確認後、すぐに引き返せばよかっただろう、一人で突っ込まずに俺達に知らせてくれれば!」

 息吹の言うように、鬼に結界を張られることも無かったかもしれない。弾いたように顔を上げた速鳥は、息吹からすぐに目をそらした。

「…返す言葉もない」
「でもその塔って、一体何なのかしら…」

 初穂が首を傾げた時「その塔を破壊しなければ…、」といつの間にやら秋水が割って入ってきた。皆を招集した時、本部に姿は見えなかったがまるで、今までの話を全て理解しているかのような口ぶりだ。元より博学多才だと分かってはいるものの、相変わらず胡散臭い物言いと、橘花への振る舞い等を鑑みれば皆が秋水に嫌悪を抱くのは無理はない。
 桜花は目を吊り上げ、側に居た橘花の半歩前へとすかさず身を乗り出した。富嶽は彼の態度が癇に障ったらしい。秋水に食って掛かった。

「ああ?てんめえ、いきなり出てきやがったと思ったら、どういうことだ。随分と知ったふうな口聞いてんじゃねえか」
「そうです。僕は知っています。その塔を破壊しなければ、オオマガドキが再び起こるのは間違いありません」
「どうしてあんたにそんなことが分かる」

 いつもは温厚な息吹も、唸るように問いただした。
 秋水は、薄く笑みを浮かべると本部内をゆっくりと左右に往復し始めた。鬼気迫る話の最中だというのに後ろに手を組み、この悪状況に狼狽える皆の反応を見て面白がっているようにも感じる。
 オオマガドキの何を知っているのだろうか。旭陽はじっと秋水の横顔を見つめていた。眼鏡越しにばちっと視線が交差する。秋水はふっと僅かに口角を上げた。

「わかりますよ。僕は、モノノフの人間ではありませんから。僕は貴方がたとは異なる別の組織に所属しているんです。ですから斯様な情報は、すぐ手の届く範囲にあります。勿論皆さんが、知らないことも」

 橘花が心配そうに眉を下げている。ただ決して落胆や悲壮感といった様子ではなく、彼女の表情には「どうして」と純粋な疑問が貼り付けられていた。橘花は秋水を信じていたのだ。いつぞや本部裏で、結界増幅の協力を仰いだ秋水のことを…。橘花は共に戦っている仲間だと信じていたのだ。敏い秋水は、そんな橘花の無垢な心情は手に取るように分かっている筈だったが、更に追い打ちを掛けるかの様に、突き放す言葉を発した。

「あなたたちに、このまま全滅されて貰っては…、面白くはない。そう思い直しました。実のところ、所属組織の長老たちの小間使いには大分退屈し始めてきたところで、ただ傍観するにも飽きがきていたのです。気まぐれと思って頂いても構いませんよ。ですが今の僕は貴方がたに協力したいと考えています。助言をさせていただきますが、どうでしょう」

 平然と言ってのける秋水に、桜花が声を上げた。

「秋水っ、言わせておけば…!お前の暇つぶしになど構っていられるか!」

 今にも血管が切れそうな桜花を大和がなだめた。肩にぽんと手を乗せ、今に鯉口を切らんと激情する彼女に「落ち着け」と告げる。桜花は秋水を睨んだまま、奥歯を噛み締め刀から手を離した。大和は、秋水に向き直ると堂々と答えた。

「今は、状況が状況だ。俺たちにはお前の力が必要だ、秋水」

 率直な大和の求めに、協力するとのたまった秋水の表情はまるで興が削がれたとでも言うように曇った。大和は構わず続けた。

「今まで、泳がせていたのだ。そろそろ借りを返してもらおう」
「流石はお頭、僕が別の組織に所属していたことは、元より気づいておられたのですね」
「モノノフの応援すら寄越さぬ霊山が、ご丁寧に研究員を派遣してきた時点でな。これまでお前を野放しにしていても特に危害はなかった、故に放っておいたまでのこと。だが秋水今は違う。塔の話、詳しく聞かせて貰おうか」

 お頭として対峙し話をつける大和の凄みに、秋水は少々たじろいでいる様子にも見受けられた。しかし眼鏡の位置を執拗に気にしながらも平静を保っているのは、伊達にどこぞの組織とやらから派遣されたのではないらしい。直ぐに表情を切り替えていた。

「わかりました…では、お話しましょう」

 皆、秋水の書斎の前へと集められた。思い思いの場所に腰を下ろすと、秋水は机に尻を乗せた。

 この世に鬼が現れる為には、命の源である「魂」と、その依代となる「ハク」が必要不可欠であり、強大な鬼になればなるほど、その巨体に比例して構成物の量も莫大に増える。というのが、秋水の所属する組織では定説であるらしく、速鳥が見た巨大な塔は、より強大な鬼を召喚するための依代なのだと秋水は言った。それがオオマガドキの予兆だと言うのだ。ガキによって、天高く積み上げられた依代と相応する程の力を持つ鬼、即ち、それは ──

「鬼門を開くための、終末の鬼なんですよ」
「鬼門を開く…鬼」

 弱々しく呟いた那木に、秋水は「ええ」と答え、更に続けた。

「幽明の間を結ぶ門、時の因果を越えるオオマガドキの扉です。その扉を開くことのできる鬼というのは、勿論ガキなどの小型鬼ではありません。より力を持つ鬼が必要となってきます。恐らく、これより現れるのでしょう」
「秋水、あんたまるで見てきたかのような口ぶりだな。どうしてそこまで分かる」
「無論、八年前のあの日、僕はこの目で見たからですよ息吹さん。皆さんには、まだ言ってませんでしたか…。僕は北の地の出身でして、故郷は一番鬼門に近い場所だった。オオマガドキが起こった時、僕はその場に居たんです」

 北の地は、オオマガドキが起こった時鬼門が開いた場所でありこの中つ国で最も被害が大きかった土地だ。いくつもあった里々は溢れ出た鬼により壊滅し、生き残りはほんの僅かだと聞く。鬼に蹂躙された土地は、今や瘴気の渦に飲まれ、二年も三年も草木の一本として生えず今も人が近づけない。秋水はその地の数少ない生き残りだと言う。
 さらりと告げられた研究員の事実に、皆表情が固まっていた。富嶽はしっかりと秋水を視界に捉えていたが、彼の表情は相変わらず涼やかな表情を浮かべたまま、淡々としていた。

「まあ今はそんな話はいいでしょう。速鳥さん。塔を見た時、何か気づいたことなどありましたか」

 速鳥は顎に手をあて、暫しの間の後答えた。

「自分が見た時は、僅かに赤く光っていたように思う…」
「分かりました。ならばあまり猶予はありませんね。既にその塔には、大量の魂とハクが蓄えられつつあるかと推察されます。直に、鬼門を開く強大な鬼が現れます」
「それなら早くその塔を壊しましょう!?」
「初穂さん、それは無理です」
「なんで!」
「初穂殿、あの塔は思いの外重厚長大だった。人力で崩すにも時が掛かる。ましてや今は…」
「鬼が結界を張っている、か」

 速鳥の言葉に重ね、桜花が独り言のようにして呟いた。八方手が塞がっていた。塔を壊すにも人手も技術も足りない。挙句瘴気に満ち満ちた中では近づくことも困難だ。
 すると、秋水は「ひとつ僕に案があります」と言って半紙に筆を走らせた。皆、長机を覗き込む。秋水が描いたのは、塔、そして矢印を下に描き更に四角い恐らく鬼門であろう図を記した。

「皆さんいいですか。あくまで速鳥さんが見た塔は、鬼門を開く強大な鬼を呼ぶ為の依代です。その鬼が現れてから、鬼門を開くには少し時間が掛かります。人間も寝起きに直ぐ行動ができないのと同じです。ということは、この鬼が現れてから鬼門を開く行動へ至るまでに、対象の鬼を討てば、理論上鬼門が開くことはまずありません」

 秋水の言う理屈は良く分かる。しかし、鬼が現れてから鬼門を開くまでの、短いか長いかも分からぬ間に仕留めろというのは土台無理な話だ。毎回の攻撃を一撃必殺の気概で以って挑まねばならないだろうし、ましてやわざわざ強大な鬼が現れるのを待って討つ事は、とんだ賭けであり酔狂のやる事である。
 思い沈黙が伸し掛かった。息吹が疑わしげに秋水に尋ねた。

「その話、うまくいく保証はあるのか」
「僕を信頼していただくしか、ありませんね」

 秋水はにこりと答えた。しばし黙って聞いていた大和は唐突に旭陽の名を呼んだ。

「旭陽、お前の意見を少し聞いてもいいか」

 振られて旭陽は慌てた。意見をと聞かれても、秋水を信じるほか無いと思っていた。この中で今最も鬼門への知識に長け、オオマガドキの災禍が起きたその瞬間に立ち会った秋水が今更嘘を言っている様にも思えない。これ以上の策も、今この場で出ないことも確かだった。
 旭陽はちらりと橘花を盗み見た。彼女はまだ、過日の秋水の言葉を信じているだろう。里を守りたいと強く願い承諾した結界の強化は、現に人手不足のモノノフの助けにはなっている。里がより厚く広く守られることで、討伐隊に人員を割くことができた。そうして橘花が秋水の助言に耳を傾け助力し身を削っているのに、今、この場で秋水を疑ってしまってはいけない気がした。
 秋水は、不敵な表情を浮かべ旭陽を試すように眺めていた。

「…私は、私は秋水さんを信じます」
「旭陽…」

 秋水の言葉に振り回されるのではないかという不安があるのだろう。初穂は心配そうに旭陽を見つめた。旭陽はぎこちなく笑い返した。

「皆さんがお強いのは、私が身をもって知ってます!何度も助けられていますから!鬼が出てきたら、門が開く前にぱぱっと葬りましょう!絶対に、だ、大丈夫です!」

 旭陽は一斉に視線を向けられていた。また軽々しく出過ぎた事を言ってしまったと思うも言葉に詰まり、一気に顔が熱くなる。再び本部は沈黙し、居たたまれない気持ちになったが、大和がふっと笑ったような気がした。旭陽は恐る恐る視線を上げた。呆れ顔の富嶽が言った。

「そりゃいつもてめえが助けられてるのは鍛錬が足りねえからだ!ったく、毎度冷や冷やさせやがって。こっちの身にもなってみろ」
「ですが、旭陽の言葉通り以前にも増して連携はとれつつあるかと思います。先ごろのダイマエンもそうでした。万全の策を講じれば勝機はある。わたくしはそう思います」

 富嶽と那木のやり取りに、険しい顔だった大和はいつものお頭に戻っていた。

「…そうだな。俺も秋水の策が最善だと考える。だがまずは、塔にたどり着かねば始まらない。いいかお前たち。張られた結界を解くぞ。周辺の鬼という鬼を限りなく蹴散らし、戦いに万全を期す。討伐隊を投じるにも念入りに調査が必要だ」

 大和の号令に皆頷き、返事をした。鼓舞するような声に自然と気持ちも上向きになっていく。速鳥が続いて意見した。

「恐らく、自分の遭遇した二体の鬼が結界を張った鬼かと。あの鬼を排除すれば解かれるはず」
「わかった。速鳥は引き続き大型鬼の捜索に当たれ。発見報告があり次第、今後はその鬼の討伐を優先していく。他のものは通常任務と並行して来るべき時に備えてくれ。秋水、お前の案に託すぞ」
「実行されるのは皆さんです。どうかご武運を…」

 また一つ、大きな戦いを迎えようとしている。だが張り詰めていた緊張と本部に漂った不安の色は随分と薄れていた。
 大和から解散を告げられると、那木は即座に薬の補充に取り掛かると言って医療隊の元へと駆けていき、息吹と富嶽は里の隊員たちへ状況を報せに回った。桜花は橘花を岩屋戸へと送り、秋水は本を数冊抱え本部を出ていく。木綿と初穂は大和に指示を受け備品の点検へ向かった。
 残ったのは大和、速鳥、そして旭陽だった。旭陽は木綿たちの手伝いへ向かおうとしたが、大和に呼び止められた。

「旭陽、しばらくは速鳥と組んで大型鬼の捜索にあたってくれるか」
「私?がですか」

 速鳥を一瞥すると、速鳥も僅かに目を見開いた。これまで偵察や調査といった情報収集はほぼ一人で行っていたのだから当然である。それでも速鳥は、大和の決定ならと納得していた。

「何が起こるかわからんからな」
「…御意」
「それから旭陽、お前にはもう一つ頼みがある」
「はい?なんでしょう」
「お前には今回の作戦より隊長を任せたい」

 旭陽は、きょとんと大和を見上げた。隊長とは隊の統率を担い、導く大勢の人間の上に立つ者のことを言う。大和の言葉が聞き間違いでなければ、皆を率いよということだ。冗談でも、でまかせでもない。大和は大真面目だ。言葉の意味を整理し旭陽は慌てた。

「た、隊長ですか?!私が?!」
「そうだ。お前ならやれると思ってな」
「ちょっと待って下さいお頭。隊長なら、他に適任の方がいるかと…。あの、隊長補佐くらいなら何とかできると思いますのでそちらなら!」
「勿論強さは必要だが今は皆お前に賛同する。それがお前に隊長を頼む理由だ」
「お頭の意見であれば、自分も異論はない」
「速鳥さんまで…」

 大和の言葉に、旭陽は不安と嬉しさとが入り混じっていた。
 ウタカタに来てからというもの、化物が蔓延る世界から一刻も早く帰りたいと何度枕を濡らしたか分からない。戻るまでの辛抱だと差し伸べてくれる那木たちの手を取り、日々の生活にしがみつくことに必死だった。少しずつ弓も上達し、苦楽を共にするうち今では里の力になりたいと思うようにはなった。だが戦場での力不足は旭陽自身が一番把握している。命を預かる長を自らが担える自信は無い。
 正直に話すと大和は「それでいい」と言った。

「お前がそう思っている事でいい。この戦いが終わるまででも構わん」

 ここまで言われてしまえば、断ることもできない。それにこれは、大和の旭陽への信頼の証でもある。旭陽は腹をくくり真っ直ぐ目を見て答えた。

「わかりましたお頭。私、精一杯つとめます」
「助かる。速鳥も旭陽と共によろしく頼むぞ」
「承知」

 大和は新手の大型鬼の捜索について二三確認し執務に戻っていった。これから旭陽と速鳥は、二人一組で行動する運びとなる。速鳥に頭を下げると早速「隊長」と声を掛けられた。

「なんだか照れますね。本当は速鳥さんの方が隊長に向いていると思うのですが…」
「お頭は、自分たちをよく見ておられる。故に旭陽殿が隊長なのだろう。今後について少し話をしたい。お時間良いだろうか」

 旭陽は速鳥を家に招いた。天狐も居るので速鳥が喜ぶかと思いきや生憎同居人は出かけていた。速鳥は肩を落としている。旭陽が謝ると少し慌ててすぐにきりりと表情を変えた。
 速鳥は、場所と塔の位置、瘴気の範囲や周辺の地形を細かく説明してくれた。大型鬼の潜んでいそうな場所に検討をつけ、予め範囲を絞って探す方が手っ取り早い。ただ、問題は異界は常に時の歪みが発生し、瓦礫が飲み込まれ場所が掴みづらいことだ。時間との勝負となる。こうして、速鳥と策を練っている間にも目印となる場所が変わっている可能性も十分考えられるのだ。
 しかし、話を聞けば聞くほどよくも一人で、鬼の群れへ突っ込んだものである。鬼の数、瘴気の濃さ、悪状況の詳細に益々肝が冷えた。

「それにしても速鳥さん偵察先で何もなくて本当よかったです…。それはそうと、任務から帰ってきてまだ休んでませんよね?瘴気で気分悪くなってたりしません?お腹空いてませんか。ええと…、おにぎりくらいなら直ぐに女給さんに頼みましょうか?」

 旭陽が腰を上げようとすると、速鳥は制した。

「いや、心配はいらない。貴殿も、昨晩から寝ていないのでは」
「私は木綿さんからおにぎりを頂いて、今までずっと本部で井戸端会議をしていたので」

 半分はダラダラしていました。そう、冗談交じりに言うと、速鳥は目尻を下げふいに「二人目、だ…」と呟いた。恐らく無意識だったのだろう。
 聞こえるか聞こえないかの小さな声だったが、旭陽の耳にはしっかりと届いていた。何が二人目なのか、その意味を問うといつの間にか零れていた独り言に速鳥はようやく己の疲労を察したらしい。驚いた様子で口元に手を当てるも時既に遅しである。若干観念した様子で溜息をつき続けた。

 速鳥がまだ忍だった頃、速鳥は主の命で女児暗殺を言い渡されたが、どうしても実行できず仲間を斬った。命からがら追手をかわし逃げ延び、瀕死の所を大和が拾ってくれ、今こうしてモノノフとして生きているのだ── と。その時、初めて他人から心底身を案じて貰ったと言った。
 主に忠を尽くす心は持ちつつも、実際、傀儡のような存在は使い物にならなければ即棄てられる。忍とは感情を捨て、ただ命を果たす為の駒だと身体に教え込まれてきたのだ。だが大和は速鳥をモノノフとして人として扱ってくれた。
 そして今旭陽が気遣ったことに、過ぎし日ウタカタに来たばかりの頃を思い出したらしい。故に旭陽は二人目だと言う。
 旭陽の知る忍とは、恐らくは忍術を使い、何者にも気取られず暗殺密偵をこなす人間だ。それも小説で知る程度の知識しかない。だが、忍の速鳥にどういう経歴や過去があっても、今彼はモノノフとして里を守り共に命を張っている事に変わりはなかった。旭陽はきっと二人目ではない。

「お頭や私だけじゃないと思いますよ。じゃなきゃ、息吹さんもあんな風に怒らないと思います」
「旭陽殿…」
「富嶽さん私には厳しいので、もう少し優しくしてくれないかなあっていつも思います!」
「それもまた、貴殿を案じるが故だろうな」

 速鳥は目を細めると口布の下が僅かに動いた。旭陽は大きく頷く。大和の期待に応えたい速鳥の思いが、今は少しだけ分かる気がした。