賑やかな節分が終わり、いつもの日常が戻った。派手に飾り付けられていた装飾の類は綺麗さっぱり取り外された。
通りを駆け抜けていた行商の声にとって代わった店の雇い人の客引きは、通行人と和やかに井戸端会議と洒落こんでいる。節分祭の日、舞台に上がった旅一座の評判が里中に広まり、今だその興奮冷めやらない。
とはいえ、モノノフたちはいつまでも浮かれては居られなかった。早速通常業務へ戻り、里周辺に目を光らせていた。
結界子を砕き層の重ねられた結界は、橘花の祈りの下いつも以上に強力なものとなっていた。
そのお陰か鬼を寄せ付けない緩衝域が広くなり、近隣に出没していた餓鬼は普段より離れた場所でしか確認されていない。橘花の献身に呼応するが如く、モノノフ上官である桜花も、時に厳しく、時に優しく、取り乱した時の彼女を思わせず部下の指揮を取っていた。
そんな中、旭陽は定時報告の為に本部を訪れた。本堂には息吹、富嶽、初穂が腕を組む桜花の周りに立ち何やら話をしている。一番に旭陽に気づいたのは初穂だった。にっこり笑って腕を振り、旭陽も答えた。
「お疲れ様です。絶妙に珍しい顔ぶれですね」
腕を大きく回し、二三度左右に首を鳴らした富嶽は、旭陽を後目に置いた。
「てめえと同じ、定時報告だ。報告終えたら、桜花からありがたいお達しがあるぜ」
思わずぎょっと仰け反る旭陽に、隣に立っていた息吹がやれやれと後頭部をかいている。「何か…、あったんですか?」と旭陽は恐る恐る尋ねた。
「そう不安そうな顔をするな。実はお頭が、御所会議で暫く里を留守にするんだ。その間、私がお頭代行を任された」
御所会議とは、モノノフの総本山である霊山が取り仕切る各里のお頭を招集する会議だ。上から命があれば、里のお頭は霊山へ馳せ参じなければならない。これには、状況報告や物資援助の申告なども含まれる。
旭陽が、ウタカタの里へやって来た日、大和は御所会議に出ていた。それが約一月ほど前のことだから、会議は月に幾度かあるのだろう。桜花は、普段と変わらないぞと目を細めた。
「皆には各部隊長を勤めて貰うことになる。旭陽は、同行のモノノフ隊員とこれまで以上に連携を取るよう心がけてくれ。ただ無茶はするんじゃないぞ」
「わ、わかりましたっ!」
「気負わずにな。何かあれば些細な事でも報告してくれ。では報告を終えた者は解散」
それから、旭陽も担当の任務報告を終え午後から非番となった。初穂も同じく非番であるらしい。案の定甘味屋に寄る約束となり、二人は商店の連なる通りへ赴いた。
赤い傘と、籐の腰掛けを目指し歩いていると、旭陽はふと賑わう通りの端に見慣れた姿を見つけた。
「ねえ初穂ちゃん、あれ、橘花さんだよね?」
「本当だわ。どうしたのかしら、行ってみましょう」
きょろきょろと辺りを伺い、橘花は銀色の髪を震わせている。初穂と旭陽が駆け寄ると、少々罰が悪い様子でしかしほっと息をついていた。相変わらず佇まいも、お辞儀をする立ち居振る舞いもどこぞの姫様のようだ。しかし大きな瞳はどこか不安げだった。
「橘花、こんなところまでどうしたの?近衛の人には言ってある?」
「初穂さん、旭陽さんこんにちわ。ええ、散歩をさせて下さいと許しは頂きました」
「そう、それならよかったわ」
努めて明るく振る舞う橘花は、顔色があまりすぐれなかった。連日の結界強化による疲労だろうか。元より体が弱いとも聞いている。このまま一人で散歩というのも旭陽は不安を感じた。
「橘花さんはどちらまで行かれる予定でしたか?」
なかなか橘花は答えず俯いたままだ。暫くして顔を上げると、橘花は唇をぎゅっと結んでいた。言いかけた言葉を一度飲み込み逡巡している。何気ない旭陽の問いに顔が上気しているのが少々腑に落ちない。今に一大決心でも告げられそうな按配だ。初穂が「橘花…?」と首を傾げた。
「あの、お二人にお願いがあるんです。私里をゆっくり見て回りたいのですが、付き合っていただけませんか?」
「なーんだ!そんなことなら遠慮しないでいつでも言ってよ、ね。旭陽!」
「うん、私達も午後は非番だし。実は私もまだ隅々までは知らないから。橘花さん、初穂ちゃんに案内頼んで一緒に見て回りましょう!」
「…ありがとう」
初穂は、商店や近所の畑、畜舎などを一通り二人に案内した後、里を一望できる見晴らしの良い高台へ行こうと提案した。
そうなると、やっぱりおやつは必要よね!と言った初穂は再び甘味屋まで戻り団子を三人分購入した。景色の良い所で食べる団子は格別だろう。橘花と旭陽は引率宜しく先を行く初穂の後に続いた。
目指した場所は、本部東側の廊下から見える結界子の巨石の麓だった。瘴気の影響で里も居住地が縮小したとはいえ、町から巨石までの距離はまあまああった。
だが、女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので道中は話題に尽きることはない。橘花に草花の名を教えてもらったり、雑談をしながら緩やかな上り坂を登った。
話の内容は主に旭陽の飼う天狐の話、実は速鳥が動物好きであること、富嶽は里の子供たちと仲がよいこと、同僚や本部の日常などだ。日々の戦いに垣間見る彼らの素顔に、大げさだが正直旭陽は救われるのだと本音を告げると、それは橘花も初穂も同じであるらしかった。
橘花は里で、初穂は異界の地に赴くことで民を守っているが、その力量や体力の差は当然ながら成人男性と比べれば及ばないところも多い。
特に最前線で闘う初穂や旭陽は、息吹、速鳥、富嶽には度々危ない現場を助けられていた。人の予測を凌駕した鬼の闘争心は常にモノノフたちの喉笛を狙っている。息の根を止め、魂を食らうことだけに集約された異形たちの本能は、純粋に知能や思考に通じている言っても過言ではなく、瞬時の判断に生死を左右される。故に薄氷を踏む状況下のモノノフは、前線での覇気は凄まじい。戦いに集中していると言えば最もだが、彼らの相貌はまさしく鬼と化すのだ。鬼を喰らう鬼の名そのままに、討伐に没頭した彼らには頼もしさ以上に恐ろしさもある。だからこそ日常を垣間見ると安心する。やっぱり人だと思えるのだ。
「おかしいかな…」と呟く旭陽に、「そんなことないわよ」と初穂は言い、橘花も「戦いに身を投じるとはそういうことなのでしょう」と返してくれた。
ようやく三人は麓の入口までやってきた。結界子は里にとって生命線であり、ある意味神域でもある。青く輝く巨石への道は入口から真っ直ぐ伸び、そこへ到達するには連なる鳥居を潜らねばならない。
鳥居の柱には、何やら文字が書かれてあった。初穂曰く、この鳥居は代々寄付なので、文字は建てた人の名前なのだそうだ。
つい最近知ったことだが、旭陽がずっと“梵字”だと思っていたものは、どうも“鬼ノ府文字”というものらしく、この中つ国独自の文字であるらしい。しかも、文字体系はひらがなやカタカタの五十音のそれとそっくりだ。濁点や半濁点を表す際には小さな黒い点を文字に書き添える。此方での生活に慣れるうち、旭陽も大分鬼ノ府文字が読めるようになっていた。鳥居に名前を掘るのも旭陽の世界とあまり変わらない風習である。
三人は鳥居の下を行き、巨石の麓に到着した。丘の様に小高く、芝が生えた小さな広場になっていた。東屋もありちょっとした公園のようだ。
初穂の言った通り、ここからは本堂を含め、里がよく見渡せた。登ってきた道を辿れば商店の屋根が連なり、晩夏の水田は金色を帯び始めている。傾きかけた陽光は、色づく里をきらびやかに映し出していた。橘花は二人より一歩前へ出るとその光景に目を凝らしていた。彼女にとっては見慣れた里の風景だろうが、見つめる様子にもの悲しさを感じさせるのは不思議だ。初穂が旭陽に目を合わせ、首をかしげた。
「橘花…?どうかした?」
「その、今日ご一緒させて頂いて改めて、里はとても力強く美しいと思いました…。里の人は皆暖かで、志の強いモノノフのお陰でこうして穏やかに過ごせます。私は、そんなウタカタの神垣の巫女で本当によかった…。自分が何の為に命を掛けているのか、それを再確認したかったんです」
「橘花…」
「橘花さん…」
橘花の言葉は心からのものだろう。だが、その後ろ姿はどことなく震えているように見えた。心配になった旭陽は彼女の手を取ろうと伸ばすも、両手は胸の前でしっかりと握りしめられている。
「巫女がこんなこと口にしちゃいけない事はわかっているんです…。でも、本当は…、本当は…」
振り返った橘花の頬は濡れていた。駆け寄った初穂は強引に手を取り、励ますように握りしめていた。肩を震わせる彼女が今一番に恐れていること、それは結界子を砕き、結界強化を行った意味だ。結果としてどのような作用を彼女にもたらすのかは旭陽も知っている。橘花はモノノフと同じように鬼と戦っていても、他人よりも駆け足で死が迫り来る恐怖と重圧に今にも押しつぶされそうなのだ。
俯いた橘花に、旭陽はなんと声を掛けて良いのか分からなかった。
「怖いんです。本当は、いつ死ぬのか、分からないことがとても…。だから今だけは…、弱音を吐いても、いいですか」
「橘花、大丈夫よ。桜花や私たちが、橘花の力をなるべく使わなくて済むように、皆で頑張るんだから!」
「そうですよ!橘花さんっ!私も自分のミタマや速鳥さんにも鍛錬に付き合って貰って、もっと強くなります!橘花さんだけが気負うことじゃないですよ!ま、任せてくださいっ!!」
涙目で橘花は頷き、顔をほころばせた。誰にも弱音を吐けないのは辛かったのだ。
「初穂さん…、旭陽さん…。ありがとう…、今まで誰にも言えなくて、でも聞いてもらいたかった。不安で仕方なかったんです」
「もう、橘花ったら、初穂お姉さんになんでも言ってよね!話ならいつでも聞くんだから」
神垣の巫女とはモノノフを導く光だ。何人にも頭を垂れることのない不可侵の存在とされている。絶対的な里の象徴的存在である彼女はこれまでずっと耐えてきたのだ。吐露したことで少しでも肩の荷が下りれば良いと、旭陽も橘花の手を取った。
陽も暮れる頃合いになっていた。三人は暗くならないうちに再び鳥居を下り帰路についた。橘花は腫れぼったい目を抑えていたが、少しだけすっきりとした表情になっている。着物の袖を口元にあて、初穂の冗談にも笑って返していた。ところが、ふいに橘花の足元がふらついた。かと思うと、鳥居の柱に手をつきその場にしゃがみこんでしまった。慌てて初穂が駆け寄った。今しがたまで、体の不調など訴えては居なかったにも関わらず、急に顔色が悪くなり、息も上がっていた。
「橘花っ、橘花っ!どうしちゃったの…、旭陽っ!」
「う、うん…っ!急いで本部から人呼んで来る!」
ただ事では無い様子に、焦燥に駆られながら旭陽は足を踏み込んだ。本部までは走れば近い。ところが駆け出した時、唐突に地鳴りのようなドンっという音と共に、空振が伝わった。巨石の周りに茂る木々からは鳥がわっと舞い上がり、不吉さを帯びた甲高い声を上げている。立ち止まった旭陽に、初穂は声を振り立てた。
「旭陽!急いで!!」
息を切らし、必死に走った。先ほどの衝撃音に商店の通りには人々が溢れ、互いに不安がっている。混雑に揉まれながも、脇目もふらず通りぬけ旭陽は祭祀堂の前に出た。本部まであと少し。大きな石段に心臓をえぐられそうになり、転がり込むようにして本部に入った。
既に中には桜花、那木、富嶽、息吹、秋水が揃い皆真剣な面持ちで顔をつきあわせている。不穏な空気が本部に立ち込めていた。
息を切らした旭陽に、桜花は目を丸くしていた。
「旭陽、どうした?今の振動に慌ててやってきたのか?」
縦に頷き、横に首を振り、旭陽は息を整えぬまま口を開いた。
「橘花さんが!とても具合が悪そうなんです!早く誰か来て下さい。今初穂ちゃんが橘花さんについてます!」
「橘花が…っ?!」
旭陽が場所を告げると、直ぐに近衛が数名本部から出て行った。初穂、橘花、旭陽の三人が一緒になった経緯を話すと、その内容に桜花は太刀の柄をぎゅっと握りしめた。
「橘花が、そんなことを…。知らせてくれてありがとう、旭陽。私も今すぐにでも駆けつけたいところだが、お頭不在の今、本部を離れるわけには行かない。少し厄介なことが起こった」
深刻そうな桜花に反して、側に居た秋水は酷く冷静さを保っていた。一歩旭陽に近づいた。
「今までとは違った大型の鬼が現れました。空からの攻撃です。これは僕の予想ですが、恐らく空を飛べる鬼…」
秋水曰く、橘花の具合が悪くなったのは、新手の鬼が空から里へ攻撃してきた事が原因かもしれないとのことだ。
今まで鬼が結界に触れても、地鳴りのような振動が無かったのは、餓鬼や鵺などの小型の鬼だったからだ。だが空から大型鬼が接近し、橘花は無意識のうちに無理な力を使ったことによって、体調に変異が現れた可能性があるという。
小型の鬼なら橘花の結界で弾けるが、やはり大型の鬼に至ってはモノノフが直に討伐しなければいくら神垣の巫女とて限界があるのだ。
秋水が言い放った、空を飛べる鬼の言葉に、富嶽の表情がより一層険しくなったのを旭陽は見逃さなかった。いつかの遠征中、富嶽が生まれた里「ホオズキの里」のことを旭陽に話してくれたことがあった。彼の故郷は羽のついた鬼とやらに滅ぼされ跡形も無い。
鬼が出るといつもなら「俺がぶっ叩いてやんぜ!」などと勇む富嶽は今は無く、妙に落ち着いた静けさが逆に不気味だった。旭陽の背にぞくりと走ったのは間違いなく彼の闘志ではなく、一種の憎しみと殺気のように感じる。
すると、張り詰めた空気を分散するように息吹が言った。
「とにかく、やるべきことをやろう。今、速鳥が状況把握のために物見を率いてる。帰ってきたら詳しいこともわかんだろ。それまで、橘花ちゃんの体が心配だ。体調悪いんじゃ十分な力は出せないし、結界が弱くなるのも必至だろう。鬼がその隙に里を狙ってくるとも限らない」
「息吹さんの仰る通りです。予想だにしない鬼の襲撃に、現状、結界強化が裏目に出ています。はっきり言って里は丸裸も同然です。モノノフである貴方方の手腕に頼る他ありません…」
そうだな。と小さく呟いた桜花は、顔を上げた。
「私は今、お頭代行だ。此処で指揮を取らなければならない。速鳥の帰還次第、状況に応じて息吹と富嶽は速鳥と、里の隊員を連れて掃討に当たってくれ。それから旭陽と初穂は里の警護、那木は橘花の側についていてやってほしい」
「心得ました。桜花様」
「頼んだぞ。全員、持ち場に!」
桜花が号令を出した時、丁度速鳥が帰還した。待機していた隊員らは、目標である「羽のついた空飛ぶ鬼」の討伐へ向かった。出没位置や作戦を確認した後、本部を出る富嶽の名を思わず旭陽は叫んでいた。
「富嶽さん!!」
一度目は届かず、二度目に名前を呼び富嶽はようやく振り向いた。面倒くさそうに返事をし、いつもの様に口うるさく小言を言う時の顔だった。
「里で待ってますから!」
背を向け、ひらひらと右腕を振った富嶽は討伐隊と共に里を出立した。
橘花の様態は、やはり結界を張る力は以前に比べると落ちているらしい。体も弱いことから、那木の見立てでは心臓の発作を起こしてしまったのではないかとの事だ。呼吸が落ち着かないのはそのせいなのだろう。だが、命に別条はなく今は眠っているとのことだ。
旭陽と初穂は、見回り中にその報告を受け安堵した。
その日、本部は夜半過ぎまで慌ただしかった。討伐隊が出立し、戦力の抜けた里の守備を固め、万が一に備え応戦準備に奔走した。
また、日暮れに里を出た男性陣がなかなか帰還しなかったのも原因だった。桜花は、三人を心配するがあまり夕食も喉が通らなかった様子で、長い時間本部で彼らの帰りを待っていた。ぴりぴりとした緊張感は長いこと本部に漂っていた。
討伐隊が帰還したのは翌朝。
日の出に近い最も暗い時分、松明の灯りが見えたと見張りの隊員が知らせに来た時は、旭陽もやっと生きた心地がした。門を潜ったモノノフたちは皆満身創痍で、隊服はあちこち裂け、また妙なことに焦げたりもしていた。
初穂と旭陽は負傷した隊員たちの処置に当たった。疲れきった様子と、まるで地獄を見てきたかのように呆然とした様子には、一体どんな鬼だったのだろうか、と恐怖が湧き上がる。
本部の壁により掛かる隊員一人一人を迅速に処置し終えた頃、最後に入ってきたのは速鳥、息吹、富嶽だった。三人とも、隊員が皆里に入るのを見届ける為、殿を務めたのだろう。
救急箱を抱えていた旭陽に、富嶽が声を掛けた。
「おい、旭陽。ちと怪我しちまった。かすり傷程度だが、何か塗ってくれ」
「は、はい!只今!!」
富嶽は受付の前にどかりと腰を下ろすと、手甲を脇に寄せた。膝を立て壁に寄りかかった。旭陽は傍らにしゃがみ、怪我した箇所を探し目で追う。二の腕が赤く腫れていた。どうも火傷のような怪我だった。
「富嶽さん、これ、冷やしたほうがいいですよ。火傷ですよね?」
「あ?ああ…。羽つきは羽根つきだったが俺の得物じゃなかったもんでな…。ヒノマガドリとかいう馬鹿でけえ鬼だった」
新手の鬼の報告は、落ち着いてからでも詳細をまとめ、集会で説明される。富嶽が自ら告げて来たことに旭陽は少々罰が悪かった。
「あの…」
「てめえは何もかんも顔に出んだよ」
「う…で、でも…出て行く前の富嶽さん、本当顔怖かったですよ…。私にも手伝えることあったら言って下さいよ!」
「余計なお世話だ、馬鹿野郎が。ったく、てめえに心配されるなんざ俺も焼きが回ったもんだぜ」
旭陽がふくれっ面をしていると、後ろから息吹がやって来た。彼は他の隊員に比べさほど怪我はしていない様子だが、髪が焦げたらしい。その部分を指でいじりながら、ため息混じりで言った。
「旭陽ちゃんに心配されてんだ。一人死に急ぎ野郎になることは無いんじゃねえの?あんたも素直じゃないねえ、まったく」
「ああ?うるせえ!矛先何度も外しやがったくせに偉そうなこと言ってんじゃねえぞ!」
「もう、お二人とも言い合いやめて下さいよ!」
面白半分に富嶽をからかう息吹は、まだ余力があると桜花に判断され、里の護衛に回された。肩を落とした息吹が、小声で「人使い荒いぜ」とごちたが、旭陽は聞こえなかった振りをし見送った。
富嶽は手当を受けながら、うるさいのが居なくなったと喜んでいた。包帯を腕に巻き終えると、ふと旭陽の頭に重さが加わった。
降ってきた言葉に旭陽は顔が緩んだ。
「…ありがとよ、旭陽」
返答を探すもまともな言葉が見つからず、どこか気恥ずかしさを覚えた旭陽はごそごそと救急箱の中身を整理し始めた。