07
近頃、マホロバ周辺では局所的な大型鬼の多頭出現が相次いでいた。出現場所にはムラがあり、予測が立ち難い。椋は通常任務の合間を縫って、急ごしらえの討伐隊を組んでは現場に赴く日々が続いていた。
その一方で、博士から依頼されている「高密度結晶探し」も進めねばならず、椋の身体はいくつあっても足りない── そんな日常のさなか、紅月からの招集があった。
内容は、先日雷蔵に引き渡された盗人たちについてのものだった。霊山からの沙汰が下り、彼らは近日中に移送されることが決まったという。盗人たちのお頭は霊山のお尋ね者だと言うから、霊山はこの機に一網打尽にしたいらしかった。
また、押収された品々の中にその窃盗団の手がかりがある可能性が高いとして、霊山側から「詳細な検分と引き継ぎ記録の作成」が求められているらしい。
当然のように、その役はまほろばの隊長職である椋のもとに舞い込んできたのだった。
本部収蔵庫の片隅には、禁軍が運び込んだ窃盗団の押収品が木箱で山と積まれていく。よくもまあ、こんなに盗んだものだ。
マホロバの隊員たちは日々の任務で多忙な為、命じるのが忍びない椋は、急に降って湧いた霊山からの命を押し付けることはせず、自ら進んでその役を引き受けた。雷蔵もまた、手伝いを申し出てくれた。
「よしっと……これで箱は全部だ。さて、始めるか」
雷蔵はそう言って、一つ箱の蓋を開けると中身を取り出した。雷蔵が品物を次々に読み上げ、椋は品目などを帳面に記していく。かんざし、キセル、反物、火薬、懐刀などなど、盗品は様々で見境なしに盗んでいるらしかった。
恐らく錠前を開錠するために使ったであろう見覚えのない道具類に混じって、巾着や胴乱といった類もわんさかある。仄暗い灯りのもとに置かれた箱をひとつ椋は静かに引き寄せた。天井の梁から吊された照明がチラチラとかすかに明滅している。燭台の蝋が溶ける匂いと、古い木箱の埃っぽさが鼻に残った。
ひとつ、粗末な布巾着の口を解けば、中から出てきたのは手作りと思われるお守りと、わずかなハクだ…。片や、革細工の胴乱はやけに手入れが行き届いている。
「雷蔵さん、、、これだけの量を三日でまとめるのは流石に無理がありませんか…」
「まあ、普通ならこれだけの量、七日はかかるだろうよ」
「霊山は相変わらず人使いが粗いですよね。。権力の濫用が甚だしすぎます…」
椋はため息をつきながら、胴乱の根付けから仕込みの小刀を取り出し、装飾された留め具をぱちと外した。中を確かめると、きちんと畳まれた紙束と、封がされた手紙のようなものが収まっていた。
「雷蔵さん、この紙束、書き付けか何かでしょうか?」
「ん?…ああ、そうだろうな。念の為近衛の連中に見てもらえ。八雲なんかが詳しいだろ」
確かに、日頃からそういった類の書類仕事ばかりの八雲は理解が早いだろう。八雲にも確認してもらう用で一つ箱を作り、その中に入れようとしたその時、皺のたくさんついた和紙がはらりと床に滑った。端がわずかに焼け焦げているそれは、掠れかけた筆致で、唄のように文が綴られている。
『 凍てつく地 未の方角 磐座の 古の碧に隠すこと能わず 』
一見すれば、古詩か謎かけのような文面だが、椋の中で微かな違和感が芽生えた。
(これは……“場所”を示している…?)
“凍てつく地、未の方角”、マホロバ付近で該当する土地は武の領域ではなかろうか。未の方角、つまりは南西方向。もしそうだとしたら、磐座の古の碧とは、古い遺跡の建物のことを示しているようにも思える。思い当たる所はカラクリの座と呼ばれる古い構造物だ。月夜の下では所々翠色に光り、陰影が美しく浮かび上がる。だがそこに何を隠すことができないと言うのだろうか。
捕らえた盗人たちは、雅の領域でお縄にした時も財宝があるだのないだのと騒いでいたが、この紙切れもその類なのだろうか。ともすれば、誰がこの様な文言を残すのだろう…。ほんの僅かな沈黙ののち、椋は紙を元の束に差し込み、胴乱の蓋を閉じて、近衛に回す方の箱へ仕舞った。
検分作業がひと段落ついた頃、空はすっかり帳が落ちていた。椋が背伸びをしたとき、隣で燭台を片付けている雷蔵が言った。
「おい椋、今夜はひとつ飲みに行かねえか? たまには労ってやらねえとお前も身体がもたねえぞ」
にやと笑みを浮かべて雷蔵は猪口を傾けるそぶりを見せる。
「え、でも…」
「遠慮すんじゃねえ。ほら、いくぞ」
戸惑う椋の肩を叩き、雷蔵は促した。
・
通りの賑やかな店先からは楽しげな声が届いている。雷蔵は久音の店に行くかと思いきや、彼には最近行きつけの小さい小料理屋があるらしい。夫婦が二人で切り盛りをしていて、安全な輸送経路を確保できたことで、霊山近くの里へ疎開していたそうだがまたマホロバへ戻り、再開した店だそうだ。霊山近くに店を出していた時も雷蔵は通っていたらしい。
ちょいと外れの所だから歩くぞと、椋は雷蔵のあとをひょこひょことついていく。
夜風に乗ってふわりと白粉と香の匂いが漂い始めた。遠目にはゆらゆら手招くように鮮やかな提灯が揺れている。赤や紫に染まった単衣から、腕を伸ばす遊女たちの姿が見えた。宿屋が連なる格子戸の向こうでは三味線の音と艶やかな笑い声が交錯している。そんな人々の間を横目に少し足早に歩いていると、朱色の暖簾をくぐろうとしているひとりの男が、ふと視界を横切った。椋ははたと思わず立ち止まり目を見開いた。遠目からでもよくわかる。
凛々しい立ち姿に端正な顔立ち、夜の光にちらついたせいかもしれないが、確かに見間違いではない気がした。いつかの夜勤帰りに見た光景である。
椋は足を止め見逃すことができなかった。
「相馬さん…!ごめんなさい…!でも偶然は装えなくて…」
「椋っ?!驚いた。なんだ、雷蔵殿も一緒か」
「にしても、正直なやつだ」と、人好きのする笑みを浮かべて相馬は店の主人に「改める」と言い、二人を少し店から遠ざかる様促し、提灯の明かりから外れて柳の暗がりに移った。椋は申し訳なさそうに視線を彷徨わせ意を決した。
「この間も……見かけてしまって、、、」
相馬は少し間を置き、それから静かに口を開いた。
「椋、雷蔵殿と盗品の検分をしていると紅月から聞いた。何か気になるものはあったか」
椋は驚きに目を見開いたが、雷蔵は、面白がるように顎を撫でた。
「百鬼隊の隊長も、抜け目ねえってことだな。相馬、さてはおめえ何か掴んだか」
「掴んだと言うより、たまたま気がついたと言っておこうか。兎にも角にも近頃の鬼の動きがどうも気になったんで独自に調べていたまでだ。だが正直俺も確証がない」
「そうかい…。まあ、立ち話もなんだ。今から椋と飯食いに行くところだ。そこで詳しく話を聞かせてもらおうじゃねえか」
三人連れ立って、雷蔵案内のもと、料理屋へ到着した。夫婦で切り盛りしているこの小料理屋は、どことなく隠れ家のような佇まいだった。民家のような門構えをくぐると小さな中庭があった。ゆらゆらと暗がりに揺れて小さな池には木の葉が浮かんでいる。
戸を開け店に入るなり、雷蔵は厨房の奥にいたご主人に向かって軽く手を挙げて呼びかけた。
「親父さん、悪いが……人払いを頼む。ちと大事な話があってな」
「あいよ、奥の座敷好きに使ってくれ」
それだけ言うと、ご主人は女将に目配せをした。女将さんは椋たちににっこりと笑って案内してくれる。静かな小上がりの障子の向こうからは微かに三味線の音が聞こえ、程よく会話を紛れさせてくれそうだ。
少しして、女将が再び現れたときには、頼んでもいないはずの一品が、膳にそっと添えられていた。卓の上には、湯気を立てる鍋と、山芋の短冊、胡麻豆腐に焼き魚、そして酒が並んでいた。三人の間にだけ、静かな空気が流れている。相馬は盃を静かに口へ運んだ後、少し声を落とした。
「椋、刀也の応援に行っただろう? あのとき――盗人どもが持っていた紙切れ。“異聞右京、遺跡に財宝有り。我と思わん者いざ行かん”……そんな文言が書かれていたな?」
椋の箸が止まる。雷蔵も動きを止め、目だけが相馬に向いた。
「でな……どこかで見覚えがある気がして、入場記帳を遡ってみた。近頃俺たち百鬼隊は門の番をやっているだろう?」
九葉が執務が捗らないからと、百鬼隊の相馬と初穂を里の業務に充ててくれている。もちろん里に出入りする時に記帳をすることも知っている。記帳の帳面は、里への出入りが少なければ、数ヶ月先までの名前が記されていることもあった。
「あの文言の筆跡だが、あの商人 ──藤兵衛のそれと、よく似ているような気がする…」
しんと空気が張り詰める。屏風の向こうからは、ほのかに笑い声が聞こえていたが、それすら遠く感じた。
椋は息を呑み、雷蔵がぐっと盃を置いた。
「確証はないんだが、何か手掛かりが掴めないかと思ってな。ごろつきどもがたむろしてるあの辺りで、遊女たちから何か聞けないかと思って……頻繁に足を運んでたというわけだ」
言葉を終えた相馬の視線は、空の盃に落ちていく。が、雷蔵がふっと鼻を鳴らし、相馬の盃にまたなみなみと注いだ。
「なるほどなァ……で」
「?本当に“それだけ”か」と相馬が眉を動かすより早く、雷蔵はにやにやと笑みを深めた。
それきり、三人はしばらく無言のまま箸を進めていた。小鍋の湯気がふわりと立ち上り、湯気越しに見える相馬の横顔が、どこか憂いを帯びて見えた。
何度目か話題に上がるその名が、喉の奥で重く転がっている。相馬の話に確証はない。しかしほんのわずかな違和感が、胸の内に居座っているのは三人とも同じだった。
話はそれで終わったが、食事の後も椋の頭の中は落ち着かなかった。夜が更け、風が冷たくなってきても、あの和紙に書かれた文と、相馬の低く落ち着いた語り口が、何度も脳裏を巡った。
・
翌朝、椋は早朝任務を終えると、まだ薄暗い庁舎の裏手を抜け、記帳の保管庫へと足を運んだ。
庁舎の一室、記帳帳面の棚は整然としており、革綴じの背がずらりと並んでいる。番をしていたサムライ部隊の若者が眠たげな目を擦りながら「椋さん、お疲れさまです」と言って立ち上がり、鍵の掛かった棚を開いてくれた。
「ちょっと、確認したいことがあるのですがいいですか?」
「はい、もちろんです」
椋は棚から数冊の帳面を取り出し、背表紙を確認しながら机に広げていく。
(藤兵衛、藤兵衛……)
記憶を頼りに、紙をめくる手が止まった。
――藤兵衛。
その名の下に記された筆跡を、椋は目を凝らして見つめた。
しっかりとした筆致。角が立ちすぎず、やや丸みを帯びた字。流麗というよりも、癖のある文字の連なりだ。
(……相馬さんが言ったように、確かに似ているかもしれない)
思わず息を飲んだ。完全に一致するわけではないが、あの紙切れの文字と、どこか通じる筆の運び。少なくとも、誰かが真似て書いたのではない筆運びだった。
椋は、藤兵衛が取っている宿に訪れようと、その足で宿場の方へ向かった。今朝出立したばかりの荷車の跡がまだ新しい轍となっていくつも土の上に残っている。ちょうど宿屋の主人が軒先を掃除しようと出てきたところだった。
「ご主人、すみません、藤兵衛さんいらっしゃいますか」
「藤兵衛の旦那かい? ああ、昨日の朝早くに出ていったよ。荷を少しだけ積んでな。霊山のふもとに“ちょっとした仕入れ”って言ってたが……」
「え?里をたったんですか?戻る予定とか何か聞いてませんか?」
「それは聞いてないな。また戻ってくるみたいな話はしていたけどな……最近はどこか落ち着きがない様子だったな。まあ盗賊に襲われたりしてちゃあ、無理もないが」
椋は礼を述べると、宿屋を後にした。太陽が高々と昇り、光が瓦の影を際立たせていく。
普段なら、商人がいつ里を出立しようが気にもしないが、相馬の話から少しばかり藤兵衛の動向が気になり始めた。