01

 紅月から招集が掛かったのは、夜も深い時間だった。
 さあ寝ようと掛け布団に手を伸ばしたところ「椋、起きてる?」と椿が尋ねて来たのだ。遅くにごめんねと謝る彼女は、事務方の仕事を遅くまでこなし本部に残っていたらしく、紅月から椋を呼んでくるよう頼まれたという。こんな時間に招集をかけるとは鬼の襲撃かと思ったが、椿は「鬼じゃないのよ」と疲れた笑みを見せた。とにかく捲った布団をそのままに寝間着の浴衣をさっと着替え、椋は椿の後について本部へ向かった。
 外は虫の音も既に聞こえない。肌寒い夜風が本部入口の松明を揺らしている。本部中央に下がる照明は既に消え、屋内は行灯がひとつ灯っているだけだった。入ってすぐ右手の地図や書籍が乱雑に置かれた場所、そこには大きな机を囲み刀也、神無、焔が椅子に座っていた。真ん中にぼやっと行灯がある様子は今から怪談話でも始まりそうな雰囲気だ。到着は椋が最後の一人だったらしい。先般お頭になったばかりの紅月が「待っていましたよ椋」と言い、彼女は横にどうぞと座るよう促した。

「遅くに呼び出して申し訳ありません。皆にお願いがありまして招集を掛けました」

 紅月の言葉に、場の空気が僅かに張りつめた。鬼の襲撃ではない事は恐らく皆聞き及び本部に来た筈である。では一体何があったのか。怪訝そうな顔をした焔は、眉間が寄った神無と僅かながら目配せをしていた。鬼ならぶっ飛ばせばいいと思っていた様子だが、違うとなれば二人にとっては厄介なのだろう。面倒事かと察した焔は大きなあくびをして頬杖をついた。
 すると紅月は、おもむろに屋根裏へ続く階段を見上げ真鶴の名を呼んだ。どうやら彼女もこの場に来て居たらしい。屋根裏は普段から遠征の物資や、行商人の荷物等を保管している。そんなところで何をしているのかと思えば、上からは真鶴の他にもう一人里では見慣れぬ男が下りてきた。年季の入った階段はぎいと軋み、男は一段、また一段と下りる度に顔をしかめている。薄暗い中よくよく見れば、彼の腕には包帯が巻かれていた。どうやら真鶴が怪我の手当をしていたらしい。

「腕の傷は大したことはありませんでした。お頭」

 真鶴は、男を気遣い椅子を差し出していた。

「ありがとう真鶴。大事無くて本当に良かった。紹介します。彼は、小間物問屋の藤兵衛といいます。里へ商いに来てくれたのですが…」
「面目ない。折角商売に来たってえのに、商品を盗られてしまいまして…」

 商人藤兵衛は悔しそうに唇を噛み、経緯を話し始めた。

 軍師識がトキワノオロチを解き放ち、世界の変革だと横暴極まりなく立ち回ったのが半月ほど前の事。それまでは、外様鬼内のいがみ合いを端に発した内乱に加え、識による禁軍の職権乱用、また鬼の襲撃に四六時中気を張り、里内外は実に混沌を極めていた。だが無事、紅月がお頭となり、マホロバもようやく落ち着きを取り戻しつつある。トキワノオロチを討ち後の掃討作戦も上手くいったので今は鬼も少し大人しい。そうなると、人の行動範囲は自ずと広がり活発になるものだ。
 マホロバのモノノフが次々と鬼を屠ったお陰で、行商人を始め遠隔地に物資を運ぶ補給部隊は安全に行き来できるようになっていた。だがそれは、マホロバの人々やそこに用がある人間だけに限る話ではない。
 近隣に潜んでいた“賊”もまた、鬼の脅威による行動制限を受けること無く己が仕事に精を出すことができたのだった。人の世を守る事、それ即ち善も悪も無く等しく掬い上げる。結果、これまで鬼に怯えていた旅人や商人は、今まで以上に賊に注意を払わねばならなくなった。旅の途中、襲撃に遭い身ぐるみを剥がされ、挙句残酷にも命を取られる者もあった。人は鬼と違い仏を下生えに隠したり、川に投げたりするので中々こうした事態への手配りが遅れているのが現状だ。
 この商人、小間物問屋の藤兵衛は、夕暮れ時里まであと一里ほどという地点で賊に襲われ、荷車を荒らされたらしい。必死の抵抗も虚しく怪我を負いながらも満身創痍で里まで辿り着いたのだと言った。藤兵衛は更に、賊は外様の難民だったと言いきってしまった。恐怖からついそんな言葉が出てしまったのか、夕闇の中では判別出来るはずもないのに、断言してしまったのである。
 彼の言葉に一番に反応したのは、外様出身である刀也たちだ。静かな怒りを押し殺していた。藤兵衛は異様な雰囲気を感じ取り、そこでようやく刀也たちが外様だと分かったのか肩を震わせた。藤兵衛は声を引きつらせ謝罪を述べている。
 暫しの間、刀也は藤兵衛を睨みつけるも冷静に答えた。

「今だにそういう仲間はいるのかもしれない。いや、いるのは事実だ…」

 頬を離した焔は、神無へ振り向き訊ねた。

「そうなのか?神無」
「昔よりは減ったと聞いている。だが大半の理由は、野たれ死んで減ったというだけだ。辛抱強く生き残った者は里にも入れて貰えず、住む場所も無ければ各地を放浪して否応なく賊にならざるを得なかった連中も多いさ。云わば、悪名高き名家に雇われる浪人、といったところか」
「…背に腹は代えられねえわな。どんなもんにでもすがりたくなっちまう」

 腕を組んで焔は何度が頷いた。焔も以前は各地を転々とし盗みを生業とし今日まで生き抜いてきた。今の働きを鑑みれば過去をいちいち掘り起こす必要は無い。が、椋は胸を掴まれたようになって焔から視線を逸らした。
 刀也の表情は険しく何やら思案している様子だった。例えば仮に賊が外様だったとしたら何とかしてやりたいと一番に思っているのは彼だろう。これまで、そうして今のサムライ部隊を作り上げてきたのだ。少しの沈黙があって、紅月が口を開いた。

「藤兵衛の話を聞いて頂いた通り、最近は鬼ばかりでなく賊の襲撃が増えています。ここに居る皆さんには、一層厳しい対応を迫る事になるかもしれません」

 紅月の言わんとする事を理解した椋はため息が出た。
 説得して、命は取らず、できるなら里へ連れてくる。勿論賊は、里の人に危害を加えたり、旅人を襲ったりと前科持ちだ。適切な処罰を里にて受けて貰った後、里のモノノフとして取り立てる。紅月の言葉はそう言った意味合いだろう。外の人間を区別せずマホロバに住んだならば働いてもらう── これには前例がありすぎた。西歌時代の刀也然り、今の焔然りである。
 しかしこれは相当に難しい。鬼は討てばそれで終いだが、人だとそうも行かない。命は取らず己が身を守り、説き伏せる。椋は対人戦の経験など皆無に等しく不安がありありと現れた。やはりこの状況に一番適任といえるのは、サムライ部隊なのだろう。白兵戦をいくらも経験したという刀也たちはそういう剣術も体得している。先を思いやる椋とは裏腹に、刀也は落ち着き払っていた。

「相手が同じ外様であったなら、俺達の話を聞いて貰うことはできるだろう。こいつも居るからな可能性が無い訳ではない」

 刀也は一度焔を見遣って言った。以前の刀也なら鬼内憎しと藤兵衛の言葉にすぐ刀を抜いていただろう。焔はたいそう面倒くさそうだが、なんやかんやと文句を言いながらも結局いつも動いてくれる。紅月は頬を緩めた。

「ありがとう刀也。暫くの間、周辺の賊の警戒は刀也を筆頭に、神無と焔にも協力をお願いできますか。物資の流通は里の要です。行き来する人をしっかりと守ってあげて下さい」
「了解した」
「恩に着る、お頭」
「はー、説得できんのかよ…」
「あなたたちなら大丈夫です。よろしく頼みます」
「へいへい」

 話は以上です。そう言って紅月は解散させた。椋は一応隊長であるから呼ばれたのだと思っていたが、この場には八雲が居ないことを不思議に思った。
 焔、神無、椿、そして真鶴が藤兵衛を支え本部を出て行く中、椋も後に続こうとしたが、刀也と二人残るよう呼び止められた。どうやら紅月の本題は此方であった様子だ。
 神妙な顔になると紅月は再度座るよう言った。
 その時「終わったか、紅月」と、八雲が本部に入ってきた。どうやら解散の頃合いを見計らって本部へ来た様子だ。隊長揃い踏みとはいよいよ以って重要な事柄に違いない。紅月は続けた。

「先程の賊の件であなた方にはもう一つ、伝えておかねばならない事があります」
「その件は私から説明しよう」

 八雲は懐からなにやら取り出した。畳まれた半紙を広げるとそれは手紙だ。達筆なモノノフ文字で書かれているが、文末の花押らしきものは明らかに「刀匠清麿」と読み取れる。
 清麿とは、マホロバ界隈で有名な武器職人だ。丘陵地は勿論のこと、ククノチの森から里から最も遠い勾玉の道まで、彼は精錬に必要な最上級の材料を求め各地を点々としている。“強者の一振り清麿のひと薙ぎ”などと称されるくらいには、霊山のモノノフたちも手にしたがり、彼の作る武具は一級品だった。そんな清麿が八雲宛に手紙とは実に妙な話だ。旧知の仲というのも未だかつて聞いたことが無い。八雲は手紙を机に押し広げると声を落とした。

「あの行商人を襲った者かは分からぬが、里に賊が侵入しているかもしれないから気をつけろ、と、清麿からの忠告だ」

 実に不確か過ぎる気もするが、確かにそう書かれてある。あちこち飛び回るだけあり清麿は情報通なのだろう。今晩の寝床が賊の野営場所にたまたま近かったりするのかもしれない。
 この手紙を届けた飛脚によると、手紙を預かったのは本日より二日前、清麿はその時、右京で廃墟の下敷きになった貴金属を片っ端から漁っている最中だったと言う。とすると、賊が入っているかもしれないと清麿が知り得た時は既に里に入っていたか、或いは付近に潜伏していたかのどちらかだろう。仮に里へ侵入していた場合、既に二日間も里で息を潜めている事になる。椋は考えただけでぞっとした。青い顔をする椋に刀也が言った。

「仮に二日前に潜伏していたとして、これまで何も無いというのは何か目的があるに違いない。お頭、これまでに物盗りの報告はあるのか」

 そう訊ねた刀也に、紅月と八雲は顔を曇らせた。どうやら、時既に遅しなのだろうか…。しかし、騒ぎになっていないのが少し気にかかる。椋と刀也は紅月の言葉を待った。