かたはらに、

 八雲の奇抜な髪型を「変な頭」と言いのけたのは、後にも先にも、後の隊長だけだろう ──。

 神垣の巫女との謁見式は、以降マホロバに逗留の可否を問う己が生活に関わる大切な公式の場だ。にも関わらず巫女かぐやの側近である近衛隊長へのあの物言いは、驚きを通り越しつつもあまりの突飛な返答に刀也はしばし言葉を失っていた。八雲の不機嫌そうで若干の羞恥を含んだ、何とも言えない表情はあの時以来見たことはない。刀也は滑稽さに堪え顔を歪めていたが、周りには気づかれて居なかったと思う。だが謁見式での彼女の飄々とした様子を思い出すと今でも少々頬が緩むのだった。

 思えば既にその時から、桜は他のモノノフよりも異彩を放ち、刀也には色が違って見えていたのかもしれない。

 謁見の数日後、近衛の一隊が遺跡付近で行方知れずとなった時、桜は紅月と共に怖めず臆せずいの一番に里を駆け出してくれた。
 鬼内を良く思っていなかった刀也は「威勢のよい新人」、くらいにしか思って居なかった。が、彼女はオヌホウコを討ち、生き残りの近衛を助け、あまつさえ助からなかった者の遺品と亡骸までをも里に還した。物言わぬ仲間が戻り声を震わせる近衛の様子に、刀也は過日藩に尽くした昔歳が過ぎった。戦場で散っていく仲間を目の当たりにする程虚しいものはない。
 元来刀也は、サムライ部隊と名乗るモノノフではない。官軍賊軍に振り分けられる無情に身を投じた武士だった。
 刀が重火器類に変わり、時勢がうねりを伴い押し寄せ身を投じた戦は、果たして誰の為であったのだろうと今では時折罰当たりなことを考える。
 戦中幸か不幸か、訳の分からぬままに百鬼蔓延るこの地へと流され生き延びた。藩の為に死ねぬ自分を恥じたが、おぞましい異形を前にしては次第に腹を斬ることもばかばかしくなっていた。
 刀也は同じ境遇に投げ込まれた者らを敵味方なく救い、互いに寄り添い鬼から逃げ小郷を点々とした。異郷の地を踏むまでは、命を惜しまず剝き出しの白金を血に染め続けていたが、己が生を繋ぎ止めることがこんなにも難儀するのかと身を裂く思いだった。
 鬼内の里を点々とし生を細く延ばす中、辿り着いた土地で刀也は一人の少女を娘にした。
 彼女には親がなく、自身が父親代わりになろうと引き取ったのだ。身寄りの無い者たちが集まる難民生活ではごく自然な流れであり、天真爛漫に笑顔をふりまく彼女と過ごす日々は、隷属させられていてもいくらかは救われていたのだ。
 とはいえ、女子供は長いこと悲惨な生活には耐えられなかった。刀也の娘も例外ではなく寒い晩に体調を崩した。鬼内の人間に医者を頼むも聞き入れては貰えず、薬もろくに与えられないまま目の前で息を引き取った。
 それが契機だったかはわからないが、自らで立ち上がり同じ境遇の者たちを救おうと刀也は決心したのだ。必ずやこの縄を引き千切ると覚悟を決め、刀也は隷属させられていた里の頭を斬ったのだ。
 呪縛から解き放たれても尚、鬼内への憎悪は心底に淀んでいた。同じ人であるにも関わらず、区別される。鬼のせいだと頭では理解していても飲み込むことはできなかった。
 だが、博士が連れてきた新人モノノフは歯に衣着せず、変な頭と言いのけ、近衛を助け、博士と同じく外様にも分け隔てなく振る舞った。その精錬さに惹かれたのだと自覚した時は、大層気まずい思いだった。悪だと決めつけていた自身の憎悪にすっと直刃が通り、僅かながらに光が指した気がしていたからだ。今度は己が悪との融和を図らねばならないと複雑な心持ちだった。ただ桜の様な人間が、自分の求める道標となってくれるのなら、昔のように苦も楽になるのではないか、そう思えた。
 刀也が思いを伝えたのは、時の狭間から戻り床に臥せているときだった。長いこと眠りから冷めない彼女の枕元でふいに口に出していたのだ。それまで何の反応も無かった彼女は、ぱちりと瞼を開き、驚きながらも笑顔を浮かべ受け止めてくれた。気恥ずかしくも胸を撫で下ろしたのを覚えている。
 騒ぎを好まない刀也は、今も他言せず流れに任せている。周りに知られればそれでよし、自ら進んで口に出そうとも思わない。紅月辺りは気づいているだろうが、彼女が刀也の家を行き来するのを見かけても、別段二人の仲を詮索することもなかった。

 彼女は明日は非番だからと言って今日も訪ねて来てくれている。
 家に着き早々甲斐甲斐しく部屋を整え、台所に立ち共に食事を取った。酒の入った彼女は少し頬を赤らめ、任務中の出来事を話し笑みが絶えなかった。過去の記憶がなくとも明るく振る舞うその姿には頭が下がるのだ。休みなのだから、隊長を紐解いてもいいのではないかと言うと、彼女は素直に頷き刀也の肩にもたれかかった。
 流石の刀也もそこまで甲斐性なしではない。顔を覗き込み軽く口付けを交わしたあと、そっと抱き寄せ明かりを消した。

 隣に横たわる彼女は、未だに夢の中らしい。頬にかかった髪をそっとよけ、そのまま親指を滑らすと身じろぎをする。布団の端から出た白い肩が真夜中の耽溺を思い出せ、己を律し彼女に布団を掛けた。桜は眠たそうに顔を上げた。

「もう起きるの?まだ外暗いよ」
「じきに明ける」

 刀也は彼女の細い腰に腕を回した。桜も何の躊躇いも無く両腕を背に回し額を刀也の胸に押し付ける。肩を震わせ、嬉しそうに笑みを含ませていた。

「私まだこうしてたいけどな」

 彼女はいつも真っ直ぐで、素直だ。サムライ隊長として、毅然と振る舞う己の傍らに寄り添ってくれる。互いに隊長ともなればこれから先、多くの危機に直面するだろう。何が起こるかは分からないのが百鬼蔓延るこの世だ。だからこそこの一瞬を、そして彼女が繋いでくれた里を、仲間を守らねばならない。
 そう思わせてくれたのもまた桜だった。
 刀也は、「そうだな」と彼女の肩口に顔を埋めて呟いた。くすぐったそうにじたばたするのを抑えて、存在を確かめるように深く深く口付けを交わした。