真の鍛錬

 百鬼隊参番隊に所属する夏菜が宿すミタマは、碓井貞光という武将だ。彼は平安時代の中頃に源頼光の家臣として、渡辺綱、坂田公時、卜部季武と共に頼光四天王として数えられる内のひとりである。酒呑童子、土蜘蛛退治といったその伝わる武勇とは裏腹に、性格は至って温厚、面倒見もいい。夏菜のミタマとなった時から既に、兄のような母のようなそんな位置づけとなっていた。
 本日は非番で、今朝は二度寝を決め込んでいたというのに、瞼の裏で騒ぐ貞光に起こされた。今非常にぼんやりとしている。目がなかなか開かない。夏菜があくびをすると、間髪入れず貞光が諫言を飛ばした。

「夏菜!今日も良い日和だ!早く支度をすること。一に鍛錬、二に鍛錬だ!でなければいつまで経っても発止が出来ぬままだぞ」

 そうなのだ。貞光の言うように、夏菜は金砕棒を担ぐモノノフとして日々戦場に立っているにも関わらず、発止が大の苦手なのだ。真正面から鬼を迎え撃つ事など日常茶飯事であるのに、いざ飛散する砕石などを避けようと発止を試みるも恐れて受け止められず、金砕棒を引きずって自ら退避している状態だ。お陰で、唯でさえ金砕棒は武器の構えから敵を捉えるまでに時間を要すのに、夏菜は退避地点からの駆ける距離までをも頭に入れ、攻撃をつなげればならない。故に、余計に体力を使ってしまうのだ。分かってはいるのだが── そう、貞光に答えると彼はいつも「気合が足らんのだ!」とそればかりだ。
 貞光の小言を聞きつつ、夏菜は顔を洗い、髪を一つに結うとぱんと、一度頬を叩いた。

「貞光いつも気合だ!しか言ってくれないもの」
「そなたに足らぬものを懇切丁寧に繰り返しているだけだ。渡辺綱も同じことを申しておった。さあさあ、今日も鍛錬に行こう。然らば、目上の者に指南を請うてみるのはどうだ?」
「貞光先生、わざと言ってますか…。それができたら苦労しないよ…」
「まだ何も言っていないではないか。まあ、教えを請う為の気合が、少々そなたには足らぬかも知れぬ。おう、夏菜。今日は楠の下で鍛錬が良いとの神木より告げを賜ったぞ」
「はい。今日もよろしくお願いします、先生!」

 金砕棒を背に抱え、夏菜は本堂の裏手にある大きな楠の下へやってきた。腕のように伸びた枝には、眩しい緑の葉葉がみっしりと空を覆っている。木陰は涼しく、鍛錬にはうってつけの場所だ。
 「構え!」と貞光が号令を掛け、夏菜は眼前の太い幹を鬼と見立て金砕棒をしっかりと握る。そうして、貞光が「発止!」と言うのと同時に瞬時に発止の構えに切り替える。それがいつもの鍛錬だ。貞光の言うように、夏菜には本当に気合なのかセンスなのか、貞光もため息をつく程発止は下手だった。
 繰り返し、繰り返し、貞光の号令に合わせるも上手い具合に発止の構えを瞬時に出せるのは二十回とか三十回に一度だ。これには貞光も苦笑いである。

「夏菜、そろそろ武器を変えてみるのも手ではないのか?太刀を使っても私はそなたの力になれる」
「それだけは譲れないよ…。だって」

 へたりと地面に腰を下ろし金砕棒に抱きつきながら弱音を吐いていると、砂を擦る音が聞こえ夏菜は振り返った。そこには、百鬼隊参番隊隊長、相馬が笑みを浮かべ佇んでいた。黒い羽織は朝の清い風になびき、生地に木漏れ日が斑に煌きを落としている。何故ここに相馬が居るのか、夏菜は混乱し、頬に熱が溜まっていた。しばし惚けるも慌てて立ち上がり、胸に拳を押し当てた。

「た、た、たい、相馬隊長!!おはようございます!」
「おはよう。今日も精が出るな。また発止の練習か?」
「はい…」
「なんだ。元気が無いぞ」
「私、いくら練習しても発止が上手くならなくて、今しがた私のミタマにもそろそろ武器を変えてみてはどうかと言われてしまいました…」

 あははと、笑みをみせながら夏菜は後頭部をかいた。
 この百鬼隊隊長の相馬は八年前のオオマガドキの英雄で、金砕棒を担ぎ、今でも多くの鬼をなぎ倒している凄腕のモノノフだ。また彼のミタマも夏菜と同じ種、力、を発する。夏菜はずっとこの相馬に憧れているが為に、頑なに武器を変えたくないのだ。それが貞光の提案を飲めぬ理由だ。
 しょぼくれる夏菜の前で、相馬は腕を組みしばし思案した。それから「俺にも一度見せてみろ」と夏菜に金砕棒を構えさせた。柄を握ると、相馬は瞬時に手のひらに拳をぽんと落とした。

「分かったぞ夏菜。貴様は構える時肘を伸ばしすぎなのだ。だから上手く衝撃を受け止めきれない。筋力も俺くらいあればいいが、もう少し胸の近くに柄を構えるといい」

 そう言うと相馬は、構える夏菜の背後に立った。後ろから腕を伸ばし、柄を握る夏菜の手に己の右手を添え、空いている左手で肘を支える形を取る。夏菜は酷く顔が熱かったが、それでも、隊長直々の指南だ。気を取り直し気概をしっかりと保った。
 夏菜の構えを整えた相馬は、一度離れ夏菜の態勢を横からまじまじと見つめている。ゆるやかに吹く風は熱を攫ってはくれず、金砕棒を握った夏菜の手のひらは汗ばんでいた。

「そうだ。姿勢を正して。俺が号令を出すからその体制から試しに振り上げてみろ」
「は、はいっ」

 号令はいつ来るかと、夏菜は集中した。木々のさざめきは僅かに遠く、耳には自分の心拍が激しく打ち付けている。
 相馬の声だけに夏菜は意識を向けた。葉ずれの音を割り凛々しい声が響き渡る。夏菜は瞬時に金砕棒を構えた位置より対角線上に振り上げた。ひらひらと落ちた葉が夏菜の発止に当たり、綺麗に真っ二つになっていた。

「あ…今、できてた…?隊長!今、凄くしっくり来ました!初めてです、こんなに…」
「おう、その要領だ。やれば出来るじゃないか」

 相馬の言葉が嬉しく、今までちっとも上手く出来なかった夏菜は涙が溢れそうだ。必死になってこらえるもみるみるうちに景色は歪んでいく。夏菜は少し失礼します!目に、ゴミが!とくるりと相馬に背を向け、密かに目尻を拭った。ところが、眼前に相馬が屈みこんで夏菜をのぞいていた。

「それはいかん。どれ、見せてみろ」

 覗きこんだ相馬は、夏菜の前髪をそっとよけると、目を凝らし瞳をまじまじと調べている。相馬の顔が至近距離にあり、夏菜の心臓は今にも破裂しそうだった。もたつきながら一歩、二歩と後ずさった。相馬は不思議そうに首を傾げた。

「大丈夫か。まあ、これからも分からぬことがあれば、すぐに聞くことだ。いいな」
「はい、あの、本当に、本当にありがとうございました!!」

 金砕棒を担ぎ直し、夏菜は一礼するとその場から一目散に駆け出した。本堂へ向かっていると、相馬の指南中どこへなりと気配を消していた貞光がいつの間にか戻ってきたようだ。腹を抱えて大層笑っている様子で、引き笑いをしながら夏菜に語りかけた。

「夏菜、やはり、そなたには気合が足らぬようだ!」

 憧れの相馬隊長から直々に指南を受けた夏菜は、その後隊内で発止の師匠と呼ばれるようになったとか、ならなかったとか。