秘め事 − 2016 Halloween.

 任務だった焔は帰路を辿っていると、珍しく神無が話題を振ってきた。
 博士がまた何かを始めたという走り出しから、双葉とグウェンの名も出てくる。どうせいつもの実験か何かだろうと思い、話半分黙って聞いていた。

「── それで、博士宅前の土地は今、畑になっているんだそうだ」
「は?」
「貴様、話を聞いていたのか。だから、このところ博士がグウェンと双葉に頼んで穴掘りさせていたが、実はそれは畑を作っていたんだと言っている」

 家庭菜園でも始めようというのだろうか、相変わらず奇天烈で破天荒な博士には、鬼の手の事といい毎度驚かされてばかりだ。
 里の門を潜りお役目処へ報告を終えた二人は、早速その家庭菜園とやらを冷やかしに行くことにした。
 なだらかな坂を登っていると、グウェンと双葉が地面に顔を向けしゃがみ込んでいる。ご丁寧にも雑草取りだった。菜園を作ったというのは本当らしい。焔と神無に気づいた農婦二人は手を掲げた。指先は土でまっくろだ。焔は一心不乱に雑草を引っこ抜く双葉の正面にしゃがみこんだ。

「博士は今度は家庭菜園を始めたのか?」
「…そうよ。私たちが土から耕したんだから。ね、グウェン」
「ああ、双葉のくわ捌きは見事だったぞ」

 グウェンはくわを上げ下ろす動作を真似ている。

「お前そういうの得意そうだよな。川で魚手づかみしようとするしな。神無に続く野生児だぜ」
「双葉と一緒にするのは止めてくれ」
「ちょっとお神無、それどういう意味?」

 焔は立ち上がると、乱れることなく整然と耕された畑を眺めた。短期間でよくもこれだけの耕作をできたものだ。縦にまっすぐ盛り土された畑には早速何かの葉が出ている。

「で、何植えてんだ?」

 そう問うも、双葉もグウェンも答えない。聞こえなかったのかと思い今一度尋ねるも、二人は「内緒」としか答えなかった。内緒と言われれば気になるのが人である。葉から分からぬものかと、柔らかい葉を触ってみるもちんぷんかんぷんだ。流石の焔も若芽から農作物を言い当てるなどという芸当は身につけてはいない。だが今の時期であると、人参、大根あたりはまだ早いだろうか…。神無と二人して首を傾げる様を、双葉とグウェンは意味深な笑いを含ませ眺めていた。

「んだよ、ケチくせえな。教えてくれたって減りゃしねえだろ」
「もうすぐ分かるから!」

 そう言って双葉ははぐらかした。じきに陽も沈みつつある。双葉は汲んできた水を柄杓で撒くと後片付けを始めた。神無は鍛錬をすると言って一足先に帰ってしまった。相変わらずの鍛錬好きである。
 柵に寄り掛かり、暫く双葉を待った。博士宅から出てきた双葉は「また明日ね」とグウェンに別れを告げ焔に駆け寄ってくる。だが、彼女の両手はぱんぱんの手提げ袋で塞がっていた。

「ほら貸せ。つか重てえ、何が入ってんだよ」
「おわ、ありがとう。ええとね、内緒」
「また内緒かよ」

 夕焼けが里を染める中、伸びる影を追うように二人はゆるい坂を下る。双葉の家に到着し玄関先に荷物を置いた焔も家へ上がろうとした。が、双葉は焔の胸を押し返した。不意打ちに目を丸くするも、双葉は畳み掛ける様にして玄関を遮った。

「きょ、今日はうちは駄目っ!」
「ああ?なんでだよ。飯食わせろ」
「久音さんとこへどうぞ!」
「てんめえ、一体何隠してやがる…、男か」
「ち、違う!そんなことない!絶対ない!」
「んじゃなんで…、ちょ、おい!」

 双葉は荷物を土間に引きずると、戸をぴしゃりと閉めた。まさに門前払いである。重い荷物を抱え、自宅まで送ったというのにあまりの仕打ちだ。あわよくばとの魂胆もあっただけに焔は面食らった。暫し呆然と立ちつくした焔は、久音の店の暖簾をくぐるとやけ食いに走り腹を満たして怒りを沈めた。

 その日以来、双葉は焔を家に上げなかった。なんやかんやと理由をつけては何人たりとも家へ入れない徹底ぶりだ。ただ、それが焔だけではないと後に聞いた時は少しばかり胸を撫で下ろすも、これまでは全く考えられなかった事だ。最近の双葉の行動はあまりにも不可解過ぎる。
 任務は真面目にこなしている様子だが、非番の日は決まって博士宅へ出向き、グウェンとコソコソと作業に勤しみ、畑を整備して一日を終えるという充実した日を送っていた。焔にとっては、双葉と休日が重なっても相手にしてくれないのでまるっきり暇を持て余している。一度博士宅を訪れても見たが、なぜだか紅月に阻まれた。紅月も共謀であるらしい。

「…ったくわからねえ」

 今日も今日とて、久音の店で食事をしていた焔の隣には神無が座っていた。ここ最近の出来事を話して聞かせたのだ。どうも、様子がおかしいのは双葉だけではないらしい。神無も眉間を狭めて口を開いた。

「実は姉上もこのところ様子が変だ」
「博士ん家に入り浸りか?」
「ああ、しかもその日から献立が毎日三食かぼちゃづくしときている…。もう限界だ」

 通りで今晩料理屋で居合わせたわけである。しかし神無の話から察するに、博士宅のあの畑で育てていたのはかぼちゃだったのだろうか。しかし双葉たちが秘密裏に行っている事とどのような関連があるのか見当もつかない。

「で、姉ちゃんに何やってんのか聞いてみたのか?」
「答えてくれなかった」
「てめえんとこもかよ…。ったく女どもは一体何やってやがる」

 腹も膨れたので、二人は勘定をし店を出た。よろず屋はとうに営業を終え、明かりがついているのは鍛冶屋だけだ。鉄を打つ甲高い音はまだ響いている。遅くまで弟子たちも精が出ることだ。一声掛けて自宅へ帰ろうかと思ったが、珍しいことに軒先には清麿が居た。鍛冶屋の親方と立ち話をしている。あの出没自在の清麿が里に帰っているとは、明日は槍でも降るのではないかと思った。ところが次の瞬間、焔には槍が降るよりも全身を貫かれそうな衝撃に見舞われていた。
 清麿と鍛冶屋の親方が話しているところへ、双葉が嬉しそうに駆けていたのだ。しかも「清麿さーん!」とまるで、首を長くして待っていたかのような口ぶりで顔をほころばせて、だ。清麿は双葉を正面に捉えると「久しぶりだな」と言って、事も無げに彼女の頭を撫でている。焔ですら躊躇う行為だというのに、双葉との親密さを見せつけられたかのようで一気に頭から水を浴びた気分になった。
 焔は慌てて鍛冶屋からの死角になる建物の影へと神無を引っ張った。抵抗する神無に「少し黙ってろ!」と言い、鍛冶屋を見るよう顎でしゃくる。焦燥に駆られながらも、焔も怖いもの見たさで覗いた。
 双葉は清麿との再会に笑みが絶えない。何となく見せる恥じらいがいじらしい。暫し会話を聞いていた。

「清麿さん、お願いしていた彫刻刀、研げてますか?」
「ああ、見違えるようになった。これで切れ味も戻ったことだろう」

 清麿は木箱を双葉に手渡した。蓋を開けた双葉は感嘆の声を上げた。

「わぁ、本当ぴっかぴかです!ありがとうございます!これで間に合いそうです」

 双葉はもう一度清麿に頭を下げると代金を渡し足早に博士宅へと駆けていった。
 神無と別れたあと、焔は一人とぼとぼと自宅へ戻った。途中、博士宅を遠くから見遣った。研究所の灯りは煌々とつき、風に乗って女性陣の笑い声が響いている。楽しそうにしているのなら文句はない。ただ、焔はつまらなかった。清麿にあんなに嬉しそうな顔を見せたともなれば、虫の居所も悪くなるというものだ。
 翌日焔は非番だ。双葉も休みだったと思うも、彼女はまた博士宅で終日過ごすのだろう。相手にされぬのなら釣りにでも出かけようと思い、早々と床についた。目を閉じても休日前夜の独り寝は随分と寂しいものがある。ご無沙汰だと指を折っても欲が満たされることはない…。
 双葉は今、焔のあずかり知らぬ事に夢中だ。一度きちんと話をすべきだろうか。不満があるなら聞きたいし焔にもそれくらいの甲斐性はある。そんな事を考え、浅く深くの眠りを繰り返し、いよいよ夢の中にまで双葉の声を聞いていた。
 
「焔ー!焔起きてよー!」

 戸を激しく叩く音がする。うるせえなと寝返りを打つも尚、夢の中で戸を叩く音は止まない。重い瞼を開くと縦格子からは陽が差し込んでいた。どうやら既に夜は明けたらしい。焔はがばりと起き上がり土間に下りた。草履をつっかけて戸を引いた。

「やーっと起きた。とりっくおあとりーとー!」

 眼前には双葉が立っていた。わけの分からない単語を紡いだのはさておき…焔は彼女の姿に唖然とした。
 上から順に視線を這わし、又上へと遡る。この格好は一体どうしたというのか。頭には白くて赤い耳をつけ、体の線にぴったりと沿った真白な衣装をまとい、足は大胆にも太腿から露出の極みである。おまけに背後からは何かが生えていた。恐らく尻尾だ。まだ夢の中だと思った焔だったが、双葉に手を掴まれ現実だと悟った。

「とりっくおあとりーと。お菓子をくれなきゃいたずらするぞ」
「な…、なんだ…?!こんな朝っぱらから。てかお前、その格好で俺んちまで来たのかよ」
「そうだよ」
「そうだよ。じゃねえ!は、恥ずかしくねえのか!見てるこっちが目えつむりたくなっちまう」
「焔ったら意外と初心なのね」
「うるせえよ!で、なんだって?」
「お菓子を所望する!これね、グウェンに教えてもらった西洋のお祭りなの」

 にこにことかぼちゃをくり抜いた物を顔の横に掲げ、双葉は嬉しそうに続けた。
 ここ最近の、博士宅家庭菜園事件、神無宅かぼちゃ献立事件、そして双葉や女性陣の博士宅入浸りの一連の真相は、どうもグウェンが発端であるらしい。なんでも、西洋にはハロウィンという大雑把に言えば日本の盆のような風習があるらしく、その日は仮装した若人が近隣住民の家を「トリックオアトリート」と声を掛けて周り、お菓子を貰って回るのだそうだ。
 双葉の持つ細工されたかぼちゃは博士の畑で育てたものらしい。中には灯りを入れて楽しむのだそうだ。くり抜いた中身は恐らく全て真鶴と神無の食卓に並べられたのだろう。そして先日双葉が清麿から受け取っていた彫刻刀は、自身のかぼちゃを細工するための物だったに違いない。
 恐らく博士宅に入り浸っていたのも、四六時中かぼちゃをくり抜いていた訳ではなかった。この突飛な天狐の衣装を、双葉は皆と共にせこせこ縫っていたのである。要は裁縫のために博士宅に集まっていたらしい。通りで女性陣が連日たむろしていた訳だ。
 ようやく全ての辻褄が合った。あれこれと悩み考えていたのは焔の取り越し苦労だったようだ。双葉はそんな焔の心情など知りもせず、なおも菓子類を要求し手のひらを差し出している。

「俺んちにそんなもんあるわけねえだろ」

 そう答えた焔に、双葉は不敵な笑みを浮かべた。嫌な予感を感じ取り、焔は一歩後ずさった。

「ではっ!」

 双葉は問答無用で焔に突進してくる。焔は態勢を崩し仰向けに床に倒れた。上に跨る双葉はにやにやと不敵な笑みを浮かべ焔の脇腹に手をいれる。

「うわ、ちょやめろタコ!お、おい!」

 焔は身を捩り阻止に掛かるも、態勢を崩した双葉の腕を引き組み敷いた。今しがたまで威勢よく声を上げて笑っていた双葉は急に大人しくなった。焔から目を逸らし、何か言いたげな様子だが口を開きかけてはつぐんでいる。

「なんだよ。言いてえ事があんなら言ってみろよ」
「あ、あのね…、似、合う…かな」
「あ?」
「いや、だからね、私のこの天狐の格好似合う?珍しい行事だから、折角なら焔に一番に見てもらおうと思って…。ちょっと頑張ったんだ…」

 何をもって双葉が似合わないと思うのか焔には理解できない。どうしていつでも彼女は心をかき乱すのだろうか。似合わない訳がないのだ。焔は随分とほだされたものだと項垂れるも、わざわざ見せに来てくれたと分かればそれはもう天にも舞う思いだ。
 普段はドジで落ち着きのないネジ一本抜けたような娘だが、それでも隊長を任され戦場では並々ならぬ奮迅を見せる。なかなかどうして離れられない。

「ああ、似合ってるぜ。一生、首に縄つけておきてえくれえにな…」

 双葉の喜びは直ぐに懇願と悲鳴に変わるも、焔は構わず床に引き込んだ。

 その後、博士宅に里中の菓子類が集められていると噂され、博士の企みがばれたのはまた別の話。